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中央公論2007年2月号
Chuko Book Review

『牡蠣礼賛』(畠山 重篤著)の書評
執拗に牡蠣を追い求める刑事ドラマ仕立ての薀蓄

平成16年、「日本<汽水>紀行」で第52回日本エッセイスト賞を受賞した畠山の文章だけあって、うまさが光っている。うまさは、上質の牡蠣の味で、深みがある。

  宮城県唐桑の舞根湾で牡蠣の養殖を営む父親の下で育まれた牡蠣への関心。養殖業に勤しんで40年以上である。著者の牡蠣への想いはただものではない。牡蠣だけでなく、養殖を支える自然への深い愛情があふれている。

  「この本一冊で牡蠣のすべてがわかる」触れ込みだから、牡蠣についての薀蓄が披露されるが、それだけではない。牡蠣養殖の歴史をたどって、宮城県の牡蠣養殖を育てた宮城新昌のふるさと沖縄県根路銘を訪ねる。そこで得た資料を元に、本書では、日本近代牡蠣養殖史の概要がまとめられている。

  現役の漁業者の畠山は、海を相手の多忙な毎日を送るが、牡蠣と聞けば、どこでも飛んでいってしまう。広島湾、有明海、海外では、南仏ラングドッグ、米国シアトル、中国・沙井、豪州タスマニア。牡蠣のことになると、畠山の勘と運が働くのだろう。牡蠣養殖についての、衝撃の真実が明らかにされていく。現場を踏みながら、犯人の痕跡を手に入れ、追い詰めていく刑事ドラマを想起させる。

  イタホガキの殻から、日本画や日本人形の絵の具の白、オイスターホワイトができる。そのことを調べるために、瀬戸内海にでかけてイタホガキ絶滅の危機を知り、宇治市の絵の具工場を見学し、人形づくりの岩槻市では絵の具の使われ方を調べる畠山の実行力に驚かされる。

  「森は海の恋人」の表現に凝縮されているが、牡蠣を育てる豊かな海の素は、川を経てもたらされる照葉樹の森の恵みである。私たち夫婦も、畠山率いる「牡蠣の森を慕う会」メンバーとともに、岩手県の山に植林に行った。海、山、川の自然が守られていてこそ、おいしい牡蠣にありつけるということを身をもって体験させられる機会であった。

  この本を読んだ後は、オイスターバーでワインを傾けながら食べる牡蠣の味が、数段おいしく感じることは保証できる。


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