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月刊ガバナンス平成19年11月号
アサノ・ネクストから 第21

安倍から福田へ

 「安倍首相辞任表明」のニュースは、広島で「地方を変えれば日本が変わる」という講演の真っ最中に飛び込んできた。司会者が私の話を一時さえぎって、衝撃的なニュースを伝えた。この後、講演を再開しても、聴衆の注意を呼び戻せなくなり、私にとっては忘れがたい「事件」となった。

 誰もが驚き、あきれてしまった。代表質問を受ける予定の日というタイミング。「小沢民主党代表に会見を断られた」という理由。いずれも、理解不能、前代未聞の首相辞任である。「置いてきぼり辞任」と私は名づけた。理由は言うまでもないだろう。すぐに福田内閣が発足したが、これは「一拍遅れの人心一新内閣」と命名した。参議院議員選挙での大敗を受けて、「人心一新」と言いながら安倍改造内閣はスタートしたのだが、「一新」の中に総理大臣だけが抜けていて、今回、一拍遅れで総理大臣が(「だけが」に近い)代わった福田内閣が始まったということである。

 安倍辞任を受けての自民党総裁選では、麻生太郎氏の人気が国民の間で高かった。安倍総裁誕生の際の自民党総裁選と同様に、「どうして我々一般国民が総裁選びに関われないのか、おかしい」という不満の声が聞かれたが、これは自民党総裁イコール総理大臣という時代が長過ぎることを反映しての思い違い。国民が政権選びに関わるのは、国政選挙、とりわけ衆議院議員選挙の機会であることを忘れては困る。今や、自民党総裁イコール総理大臣という図式が崩れようとしているのだから、なおさらである。現に、参議院で首班指名を受けたのは、福田康夫氏ではなく、小沢一郎氏であった。

 安倍総理大臣が選出された直後に、私は「衆議院を解散して、国民の信を問うべきだ」という発言をした。それが憲政の常道だといった「べき論」ではない。その選挙で自民党多数となれば、安倍首相は国民に選ばれたという正統性を獲得し、政権運営の自信を深めることになる。その機会を持たずに政権運営を進めた結果、体調不良などの、ちょっとしたことで「私、辞めます」という事態に追い込まれてしまった。

 安倍から福田へということになっても、懸案は引き継がれる。年金問題の背景には、無謬性の神話の落とし穴と、密室性があることは、前々回に指摘した。政治とカネの問題には、「政治家の常識は世の中の非常識」という厳しい見方があることを忘れてはならない。

  テロ特措法は、本名が112文字の法律であることににじみ出ているように、憲法の制約をいかにかいくぐるかに腐心された特殊な法律であることに要注意である。 そして、格差の問題。地域の格差是正の悲鳴を「カネをくれ、仕事をくれ」というメッセージとして受け止めるのではなく、むしろ、「自治体に自由を」と理解して、地方分権を確実に進めることが長い目で見ての正解であることにも気がつくべきである。

 それにしても、一国の首相の政治的寿命のかくも短いことよ。県知事には多選禁止問題がうんぬんされるが、首相に関しては短命禁止の法律が必要になるのだろうか。この点では、知事の選ばれ方のほうが、よほど合理性があるように思えるのだが、どうだろうか。


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