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月刊年金時代2013年9月号
新・言語学序説から 第116

「私の選ぶ15冊の本」

 前回は7冊まで紹介した。いずれも、世を去った作家たちの作品である。8冊目、9冊目はそれでいく。10冊目以降は、現在活躍中の作家から選んだもの。「10冊の本」では終われない。タイトルを「私の選ぶ15冊」にしたゆえんである。

吉村昭「戦艦武蔵」  

吉村作品は、すべてが素晴らしい。ベストを選ぶのは至難の業だが、あえて「戦艦武蔵」を選ぶ。今年読んだばかりの作品であり、印象が薄れていないのも選んだ理由である。

 戦艦武蔵を主人公にした壮大な記録文学である。多くの人たちの極限までの努力によって完成し、大戦での活躍が期待されていた戦艦が、戦わずして非業の終焉を迎える。悲劇といってもいいが、作者が描きたかったのは、壮大な愚行としての戦艦建造であり、それは戦争全体が途方もない愚行であることを示唆している。吉村の小説は、どれも読者を粛然とさせる。「戦艦武蔵」はその典型である。

司馬遼太郎「坂の上の雲」  

 司馬文学のファンの中では、「坂の上の雲」と「竜馬がゆく」が人気を二分する。「竜馬がゆく」は、読みやすいし面白さでは群を抜いている。その分、深みが感じられない。「坂の上の雲」は日露戦争をめぐる人間模様を丁寧に描いた力作である。司馬遼太郎独特の語り口に引き込まれる。史実として正しいかどうかの議論があるが、そんなことはあまり考えずに読むのがいい。

桐野夏生「柔らかな頬」  

 彼女の作品は、最新の「ハピネス」まで20冊近く読んでいる。すべてが心に残るわけではない。星取り表でいうと8勝7敗ぐらい。あまりに毒々しいストーリーで読後感がいまいちのものも少なくない。勝ち星は、「OUT」、「柔らかな頬」、「残虐記」など。いずれも、推理小説の匂いがする作品である。「OUT」は日本推理作家賞受賞作だし、そもそもデビュー作の「顔に降りかかる雨」は江戸川乱歩賞を受けている。

 直木賞受賞作の「柔らかな頬」が私のベスト。北海道から家出してきたカスミ。そのカスミの5歳の娘が、不倫相手の別荘に夫婦で遊びにきた時に、謎の失踪を遂げる。心理的サスペンスを推理小説手法で描く。文学的香りも漂う。桐野夏生の最高傑作という評には私も同意。

浅田次郎「壬生義士伝」  

 浅田の作品は、戦争もの(「終わりなき夏」、「シエラザード」)、ピカレスク(「プリズンホテル」、「きんぴか」)、SF的(「地下鉄に乗って」、「憑神」)時代もの(「輪違屋糸里」、「壬生義士伝」)、中国もの(「蒼穹の昴」、「中原の虹」)、人情もの(「鉄道員ぽっぽ屋」、「天国までの百マイル」)と広範囲に及ぶ。そのすべてが、面白い。感動する。小説を書くつぼをつかんでいる。小説巧者である。

 浅田作品から一つだけ選ぶのはとてもむずかしいが、ここでは「壬生義士伝」をベストとして選んだ。新撰組に入隊した吉村貫一郎の非業の生涯を、隊士や教え子が語る。郷里南部藩の景色の描写がいい。南部ことばの台詞が実にいい。読み終えて、深い文学的感動を覚える。

 浅田次郎は、こんな真面目一方の作品を書くかと思うと、抱腹絶倒のエッセイ集「勇気凛々ルリの色」もものしている。電車の中で読んでいて、笑い声を抑えられなかったのは、この他には、東海林さだおのエッセイだけ。この落差が浅田のすごいところである。

横山秀夫「クライマーズ・ハイ」  

 横山秀夫は、地方新聞の記者として警察担当の経験がある。作品のほとんどが警察ものか、新聞記者ものである。  例外は「出口のない海」。戦争もので、感動的な佳品であり、私のベスト2にランクさせたい。最新作の「64ロクヨン」は警察もので最高傑作という書評もあるが、私の最高傑作は、「クライマーズ・ハイ」である。

 御巣鷹山への日航機墜落事故を取材する地元新聞社の記者としての苦悩、新聞社内の争いが主題だが、それに登山仲間の安西の病死、その息子との谷川岳衝立岩登攀、自分の息子との葛藤がからまる。実際の航空機事故が、ドキュメンタリータッチで描かれており、迫力がある。なぜ山に登るのかに対する安西の言葉、「下りるために登るんさ」が心に残る。

百田尚樹「永遠のゼロ」  

 少し前に読んだ「海賊と呼ばれた男」は実に面白い作品である。出光興産の創業者である出光佐三をモデルにした小説で、主人公の反骨精神と実行力にほれぼれしながら読んだ。どちらを選ぶか迷ったが、「永遠のゼロ」の感動が大きかったので、ベストとはこちらにした。「面白い」と「感動した」の勝負で、「感動」に軍配を挙げたことになる。

 百田の作品は、この2冊しか読んでいない。「永遠のゼロ」は、作者50歳にしてのデビュー作である。遅咲きの作家の作品を、これからどの程度読めるのかわからない。「永遠のゼロ」をしのぐ傑作が生まれるかもしれないが、「これまでのベスト」として選んでおきたい。

宮本輝「流転の海」  

 未完の大河小説である。主人公松坂熊吾の波瀾万丈、浮き沈みの激しい、破天荒な人生航路を描く。第1部から5部までは新潮文庫で読んだが、第6部(2012年7月刊)は単行本である。息子(作者がモデル)が生まれた頃から始まって、第6部でもまだ12歳である。実にゆったり、ゆっくりと松坂家の様子が描かれる。作品の中での人物の心理状態の細やかな描写が心に残る。自然の描写もとても丁寧である。

その他作家「某作品」  

 15冊目は、同列のものが並ぶ。順不同で、高村薫「レディ・ジョーカー」、宮部みゆき「摸倣犯」、熊谷達也「邂逅の森」、車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」、三浦しをん「舟を編む」、冲方丁「光圀伝」、東海林さだお「各種エッセイ」、村上春樹「ノルウエーの森」、村上龍「コインロッカーベイビーズ」、藤沢周平「橋ものがたり」、五木寛之「青春の門」・・・。忘れているものがあるはず。

 以上が、「私の選ぶ15冊の本」でした。しばらくしたら、「10冊の本・海外編」を書きます。  


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