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月刊年金時代2008年4月号
新・言語学序説から 第68

「おじいさんについて」

 2月8日で満60歳になった。去年の誕生日には、数え年での還暦パーティーを仙台でやってもらった。今年の誕生日は、仙台で、満年齢での還暦を祝うパーティーが催された。毎週金曜日に出演しているTBSテレビの「朝ズバ」は、たまたま2月8日が金曜日だったこともあり、番組終了後、スタッフから赤いチャンチャンコと赤い帽子を贈っていただいた。その日、横須賀市で講演があったのだが、その場でも、赤いハンカチ、赤いマフラーを頂戴した。

 こういうお祝いはうれしい。お祝いの品物をいただくことは、もっとうれしい。特別なお祝いをしていただくからということだけでなく、満60歳に到達したということで、少なからざる感慨がある。

 そこで、タイトルの「おじいさん」である。「村の渡しの船頭さんは、今年六十のおじいさん」という童謡が、どうしても頭に浮かんでしまう。60歳になるとおじいさんと呼ばれる事実に愕然としてしまう。この歌は、次に、「年は取っても、お船を漕ぐ時は」と続く。60歳になると、「年は取っても」ということになるのだ。この童謡が作られた時代から、日本人の平均寿命は10歳以上延びている。となると、ここの「60歳」は「70歳」に変えてもらわなければならない。

  「おじいさん」は、英語で言えば、OLD MANであるが、もうひとつ、GRAND FATHERでもある。見知らぬ人に、「おばあさん」と声を掛けられた人が、「あんたのような孫を持った覚えはないよ」と言い返したという話がある。この方が88歳なら、すんなり「ハイハイ」と返事したのだろうが、60代の方だったから、こんな嫌味を言ったのだろう。その気持ち、よくわかる。

 鏡に自分の姿を映して、「おじいさん」と小声で呼んでみたが、違和感で一杯になる。あと10年は、「おじいさん」とは呼ばせないぞという心意気だけが湧いてきた。  一昨年の11月に設立されたNPO法人の「地域ネットワークジャパン」の代表理事を務めている。設立の趣旨は、団塊世代の地域デビューのお手伝いということである。

  「2007年問題」と言われたこともあった。2007年に、われわれ団塊世代第一号は、還暦、定年を迎える。これまで勤めていた会社や役所を離れることになる。それに伴い、団塊世代が大量に地域に投げ出される。うまく地域デビューできればいいが、失敗すれば、「毎日が日曜日」で自宅にい続けざるを得ない。これは、本人にとっても、ご家族にとっても、不幸な事態ではあるまいか。ということで、団塊の世代の地域デビューをお手伝いしようという団体の発足ということになった。

 地域デビューとなると、すぐに思い浮かぶのが、ボランティア活動である。「浅野さん、私、なんでもいいからボランティアやりたいんです」と、息せき切って、「おじいさん」となった団塊世代第一号が私のところにやってくる。ボランティアとは、ただでいいことをやる人、無償で社会貢献活動をする人の呼称ではない。VOLUNTEERの元来の意味は、「志願兵」である。大阪市ボランティア協会の早瀬昇事務局長に言わせれば、「やむにやまれぬ心の動き」で活動する人のことである。だから、「なんでもいいからボランティアやりたい」というのは、ちと違う。

 そういう気持ちは大事ではある。しかし、具体的活動があって、それに対してやむにやまれず心が動いて、その結果として身体を動かしてみたら、それがボランティアと呼ばれるものだった。そういう活動なら長続きするし、自身に返ってくる感動も大きい。となると、そういう活動をどうやって提供するかということが、地域創造ネットワークジャパンとしても、まずは第一の課題ということになる。

 最近、私が関心を持っているのは、非専門家と呼ばれる人たちを、活動の輪の中にどう巻き込むかということである。福祉の専門家は少数である。福祉のボランティアにしたって、数は知れている。ボランティアをしていると、「あなたは奇特な人ですね」と言われる。「奇特な人という時の『奇』は、『奇人変人』の奇だから、そうそういるはずがない」というのを聞いたことがあるが、数が限られるという意味では、そのとおりだろう。

 障害者自立支援法が機能すればするだけ、地域の中には、自立生活をする障害者は増える。それにつれて、そういった障害者を支える人も必要になっていく。それを福祉の専門家やボランティアだけで賄おうとしても限界があるというのが、私の見立てである。となれば、どうしても大量の非専門家に登場いただかなければならない。非専門家を誘うのは、専門家のやるべきことである。何の専門家かと言えば、だましのテクニックの専門家であると、冗談のように言っているが、これを専門用語で言えばコーディネーターのことである。

 コーディネーターは、非専門家を甘い言葉で誘うのではない。ハードルは低くして、そっと乗り越えてもらう。乗り越えてみたら、そこには福祉の活動のフィールドが広がっている。そんな感じで、おじいさんたちを、福祉の世界に誘って欲しいと願っている。

 おじいさんの活動の分野は、福祉に限られたものではない。私が秘かに考えているのは、地方議会の議員にするという作戦である。おじいさんだけでなく、おばあさんだって同じ。ある程度の職業生活を卒業して、今度は地域社会で、別な形で活躍しようという定年後の人たちにとって、地方議会の議員になることは、若い人が職業として議員になるのとは、一味も二味も違った意味合いがある。地方議会のありようを変えることにもつながるのではないかと期待もしているところである。

 「おじいさん」ということから、話題は広がってしまった。還暦後、定年後の生き方という問題提起に、おじいさんネタを使わせてもらったという次第である。したたかになることも、おじいさんの特技であるということの応用問題かもしれない。


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