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讀賣新聞 夕刊 2008.9.18
浅野史郎の《夢ふれあい》 第12回

障害者スポーツ 新しい文化

 史上初めてオリンピックを開催した中国で引き続きパラリンピックが開かれた。オリンピックの成功で大いに自信をつけた後、パラリンピックでも存在感をアピールしたようだ。

 オリンピックでは立派な施設ができ、国威発揚になったが、パラリンピックでは国民の意識が変わり、新しい文化が育ったテレビなどを見て、中国がパラリンピックにも並々ならぬ力を入れていることが伝わってきた。

  「障害を克服して」がんばっている姿には、素直に感動を覚える。「車椅子の格闘技」とも称される車いすバスケットボールは、見ていて純粋に面白い。興奮する。両足義足の選手が、百メートルを11秒台で走るのを見ると、感動するだけでなく、「あの義足はどうやってできているのだろう」という好奇心が抑えられない。

  「障害を克服して」がカギカッコなのは、私としては、こういう表現にひっかかるところがあるからである。脊椎損傷で首から下が麻痺した人を、「首から下が動かない人」と見るか、「首から上は動く人」と見るか。パラリンピックでは、障害で動かないところで勝負するのではなく、残された機能を使って競い合う。「障害を克服して」ということとは、微妙に違う。

  戦い終わった選手たちは、メダルが取れても取れなくても、インタビューでは、感動の声を上げ、涙を流す。勝ちたい、トップになりたいという選手の思いは、オリンピックでもパラリンピックでも同じ。障害があるから、スポーツなんて無理だという「常識」は消えつつある。常識がなくなることは、文化が変わるということである。

  障害者がスポーツを楽しむためには、物的、人的な支援が必要である。施設も、運営費も、支える人材も不足しているのが、日本の実態である。パラリンピックに出られる選手だけでなく、すそ野を広げることが大事である。そこに財源を投入するのも、新しい文化と言えるのではないか。


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