浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

讀賣新聞 夕刊 2008.11.6
浅野史郎の《夢ふれあい》 第15回

指で文字書き「人間復権」

 大越桂さん(19)とは、一昨年6月の第1日曜日、「とっておきの音楽祭」のメイン会場、仙台市の勾当台広場で会った。車いすに横になり、気管切開をしたのどには管が挿してあったが、 母親の紀子さんの"通訳"で会話ができた。

  声は聞こえる桂さんが、紀子さんの手のひらに文字を書くことで、会話が成り立つ。桂さんが作詞した「手」という詩に曲がつけられ、音楽祭のフィナーレで披露された。

  音楽祭では、仲間と一緒に演奏もした。桂さんの引いたゴムを持つ手が放され、ポーンという音を奏でる。音楽祭をドキュメンタリー映画にした「オハイエ」にも出てくる。

 桂さんが書いた手紙を目にする機会があった。「オハイエ!」を見て感動したという。その文章自体が、しっかりしていて感動的であった。桂さんがこんな文章を書くことを初めて知った。お母さんの紀子さんと電話で話をして、桂さんが、今年の3月に、「きもちのこえ―19歳・ことば・私」(毎日新聞社)を出版したことを教えてもらった。

 その本を読んで、改めてびっくりし、感動。そして、深く考えさせられた。未熟児出産で脳性まひ、弱視、胃に穴を開けての栄養摂取、気管支切開、ストレスで嘔吐を繰り返す周期性嘔吐症。小学校卒業直前には、肺炎で危篤状態になり、周りが葬式とかお寺の話をしているのを、「地獄耳」で本人が聴いていた。

 入院中の中学1年生の時に、指でひらがなを書くことを学び、2年生で自分の思いを伝えられるようになった。そうなる予感だけで、「これで通じる人になれる。これで物でなくなる。これで本当に人間になれる」と、桂さんは最大級の喜びを表現している。  コミュニケーションが人間の根源であることが、桂さんの「人間復権宣言」で、スーッと胸に入ってくる。「積乱雲」というブログで毎日書いている日記からも、言葉を取り戻した桂さんの生きる喜びが伝わってくる。