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讀賣新聞 夕刊 2008.12.04
浅野史郎の《夢ふれあい》 第17回

絶望の中で見つけた光

 慶応大学湘南藤沢キャンパスの福祉ゼミに、福島智さん(45)をお招きした。9歳で視力をなくし、18歳で聴力を失った。大学入学、大学で教鞭と、「盲ろう者として初めて」という経歴を重ね、現在は、東京大学先端科学研究センター教授である。

 出席した32名の学生は、福島さんが、普通に話し、質問に間髪を入れず答える様子に、面食らった様子である。コメント用紙には、「福島さんは、本当に障害者なのか」と正直な気持ちを語るものが多かった。

 学生を驚かせた秘密は、指点字にある。私や学生が話している間は、通訳者の指がものすごい勢いで福島さんの指に触れている。言葉だけでなく、学生たちの笑いの反応も、通訳者は即座に伝えているので、会話のやりとりに臨場感がある。  

 「盲ろうになって、一番つらかったことは」の質問への答が、周囲とのコミュニケーションが取れなかったことというのは、学生たちには、意外だったようである。「深い海の底にたった一人で沈んでいる状態」との比喩を聞いたことがあった。だからこそ、指点字でコミュニケーションが復活した時には、一条の光が差し込んだみたいだという気持ちがよくわかる。人を人たらしめているのは、コミュニケーションであるという言葉の重みが伝わってくる。

 (ナチスの強制収容所を体験した精神科医)フランクルの「夜と霧」を引用して、「絶望の中にも意味がある」と話す福島さん。盲ろうになった直後は、絶望もした。その中で、自分がこういう状態になったことの意味を考えたら、生きる希望と意義が見出せたと言う。学生が、最も感動した部分である。

 「夫婦げんかはどうやってやるのか」と質問した学生がいた。「しゃべるだけの俺のほうが有利。相手が興奮してくると、指点字の指を立ててくる。言葉にとげがあるというのは本当だ」との答えに、教室中が爆笑。学生だけでなく、私にも深い感動を与えてくれ、感謝の気持ちで一杯である。