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讀賣新聞 夕刊 20085.1
浅野史郎の《夢ふれあい》 第4回

「地域の底力」生んだ施設

 先月11日、横浜市栄区桂台にある知的障害者更生施設「朋」(とも)で、利用者である重症心身障害者の石井さやかさん(30)が、大好きな仲間や職員に囲まれて息を引き取った。

 脳の変性疾患を持つさやかさんの状態は、徐々に悪化していた。 気管切開をし、食事はチューブ栄養だった。お肉が大好きで、お肉を近づけると口を動かし、食べようという意欲を最期まで見せた。

 さやかさんのおかあさんは、どんなことがあっても「朋」に通わせたいと思っていて、そのことを、「生ききらせる」と表現していた。そうして通った12年。さやかさんは、見事に「朋」で生ききったのである。

 「朋」は、1986年に開所した。当時、重症心身障害者が日中に通所できる施設はなく、自宅や施設で、ベッドから天井を見上げるだけの生活が当然と思われていた。

 87年、厚生省(当時)障害福祉課長に就任したばかりの私は、施設を見学し、施設長の日浦美智江さんのお話を聞いた後、「こういう施設、必要ですよね」と言って辞去したのを思い出す。

 「朋」は、開所以来ずっと、地域との交流を続けている。近くにある桂台中学校の創立30周年には感謝状をもらい、記念の音楽会には「朋」の利用者で作る「みのりバンド」が出演した。桂台小学校の児童もしょっちゅう遊びに来る。

 開所前、地元桂台の当時の町内会長らは「文化施設ならともかく、障害者施設は、この高級住宅地には似合いません」と言ったという。それにめげずに、日浦さんや障害者の親たちは、桂台の人たちを粘り強く説得し、理解してもらった。

 できてすぐの「朋」にボランティアとして駆けつけたのは、桂台の人たちである。学校も、地域の人たちも、「朋」の周りに「地域の底力」を作り上げている。その中心にあるのは、さやかさんのように、「朋」に通うことにより生きている喜びを全身で表す、重い障害を持った人たちの姿である。


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