宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記

2001.7.28

 土曜日で午前中には行事が入っていない。涼しいし、体調も良好。久しぶりに長い距離を走る条件がそろっている。「2時間走」でもやってみるかと思ったのだが、出掛けに妻から「あまり長い距離走ってはだめよ」と釘をさされてしまった。私のジョギングは、妻からのこの種のチェックの上に成り立っている。一時は、「妻はジョギングに嫉妬している」とひがんだこともあったが、それは私の邪推。真剣に私の身体を心配してくれての言葉だと、今では信じている。
 今朝も「2時間走」はあきらめて、「1時間走」に切り替えた。30分行ったところから、同じ道を戻ってくる。「帰り道のこの辺でも、ちゃんと走れているだろうか」ということを気にかけながらの走りである。自分の身体の発する声に耳を傾けながら、無理のないペースで走る。こういう走りをしているうちに、いつのまにかリズムに乗ってくる。そうなると、走りは格段に楽になってくる。いつまででも、どこまででも走れるような気がしてくるのである。
 それでも、今日は自制して、1時間走にした。走り終えて気分良く帰宅したら、「随分長いこと走ってきたわね」と妻から「教育的指導」が入った。「暑いんだから気をつけなきゃだめよ」とダメを押された。こういうチェックが入るから、こうやって14年間も無事に走ってこられた。自制しつつ、走り続けたい。


2001.7.27

 今日も涼しい。6Kを比較的ゆっくりと走る。いつもの文殊堂のあたりで、うぐいすの声を聞いた。こんな真夏になってもうぐいすは鳴くのだ。真夏の選挙のうぐいすは、明日で鳴くのをやめる。うぐいすが鳴き終わって、誰が泣いて誰が笑うのか。日曜日の深夜には答が出る。別に、そんなことを考えながら走ったわけではないが、うぐいすの声を聞きながらの6Kランであった。
 それにしても、暑い選挙、熱い選挙である。私の住んでいる仙台市青葉区では、参議院の地方区と比例区、仙台市長選挙、仙台市議会議員補欠選挙と、計4人の名前を書くことになる。それぞれの選挙に多くの候補者が出ている。選択肢の多い選挙ではあるが、選ぶ側としても結構大変である。候補者のほうは、この暑さの中では過酷なレースを強いられている。体力勝負の趣もある。身体の限界が試されているようなものだ。なにはともあれ、ぎりぎりがんばっている姿に心打たれる。


2001.7.26

 ぐっと涼しくなった。それに乗じて、8K。このところ、続けてこれだけの距離は走ったことがなかった。
 仕事のほうでは、比較的余裕のある日程の一日だった。6月に組合交渉をやったときに、「今度は、若手の職員と話し合いをする場が持てるといいな」とつぶやいた。それが今日実現。県立大学、試験研究機関、地方事務所などの現場で働く職員を始めとする13人の若手との話し合いが実現した。
 「話し合い」といっても、1時間ちょっとの限られた時間である。一人ひとりから話をしてもらって、それらに私からちょっとコメントをするだけのこと。その話がなかなか面白い。本音に近い率直なコメントなので、とても参考になる。各課で作成しているホームページの質がいま一つなので、相互チェックが必要、ホームページ作成技術のための研修が必要という指摘には、「すぐにやるからね」と答えておいた。
 こういう職員が宮城県庁を変える。いきがい、やりがいを感じてがんばってもらいたいと、切に願う。今回限りでなく、このような話し合いをまた持ちたいと思う。


2001.7.25

 朝早く、7時半から定例の勉強会があるのにもかかわらず、3K走った。理由がある。昨日の人間ドックの一環として、心臓チェックのホルスターというのをつけたから。心臓の動きを24時間モニターするというもの。このところ毎年やっている。
  心臓の動き具合を一年1回ぐらいチェックしておくことは必要なのだそうだ。仙台二高の同級生、目黒泰一郎厚生病院院長のサジェスチョンでもある。
 ということで、3Kでも走ってみることによって、運動時の心臓の動きをチェックすることができる。今日も暑いし寝不足気味でもあったのだが、あえて走ることにした。
 昼は、仙台ライオンズクラブで講演。講演というのもおこがましい。「私の趣味」ということで、わがエルヴィス・プレスリーとジョギングについて35分ほどしゃべらせてもらった。こういう話なら、3時間でも喜んで話せる。もっとも、そんな話を聴いてくれる人もないとは思うが。
 夕方は、東北地方の私学関係者の会で「地方分権と東北の私学の発展について」とかいった大変むずかしいタイトルで話をさせられた。こちらは90分。まとまらない話になったが、一生懸命話をした。熱心に聴いていただいたので、話しやすい場ではあった。
  講演は、こんなふうに、あるときには一日二回とか三回とか続くものである。「話し疲れた」を言い訳に、3代前までの秘書を誘って、焼き鳥屋で暑気払いをしてから帰宅。


2001.7.24

 人間ドック受診なので、ジョギングはなし。以前に、ジョギングしてから受診したら、検査値が通常とだいぶずれてしまったことがあってからは、そういうことにしている。
 ここ15年以上、人間ドックの受診は欠かしたことがない。以前に、親しくしていた人が、あっという間に胃がんでなくなったのを間近で見てからの習慣である。彼の場合は、自覚症状はまるでなかった。気が付いたときは末期状態。これを避けるためには、自覚症状が全くないときに検診でみつけてもらうしかない。それが私の人間ドック受診のそもそもの動機であった。
 15年前の受診のときには、「浅野さん、このままの生活を続けたら、間違いなく成人病で死にますよ」と言われた。それから一念発起しての「脱デブ宣言」。節酒宣言もした。実践した。その中から始まったのが、ジョギングであり、今に至っている。あの人間ドックがなければ、今の自分はなかったとさえ思う。最悪の場合、糖尿病、高血圧、痛風・・・で苦しんでいただろう。
 本日の人間ドック受診の中間結果では、極めて良好な健康状態とのこと。


2001.7.23

 朝から暑い。今日の仙台は、35度以上にまで気温が上がった。今年の夏は異常である。そんな中で、「ゼロよりまし」ということで、3Kだけ走った。これだけで、汗だく。
 月曜日は定例記者会見の日。暑さのせいだろうか。質問はあまり出なかった。こういうことも、あっていい。
 午後からは、来年度予算に向けての主要検討事項のヒヤリング。25項目の検討事項について、1回聞いて不十分だったものについての再度のヒヤリング。大事な問題については、予算編成作業の真っ只中でばたばたと検討したのでは、ちゃんとした施策にはならない。時間をかけて、熟成期間を置いて煮詰めていくことが大事である。そういう趣旨から、昨年からこういう方式をとることにした。
 財政がとても厳しい中なので、お金がかかる事業はなかなかむずかしいが、その分、知恵を出して夢のある施策を打ち出したい。


2001.7.22

 サンデーマラソンクラブ(SMC)で70人の仲間と6K。総計10K。曇り空ではあるが、湿度が高く、準備運動の頃から汗が出るようなコンディション。ゆっくり目で走ったが、汗はだらだらと流れる。昨日の日経新聞にジョギングと熱中病のことが書いてあった。水を事前に十分摂ること。夏の盛りのジョギングは、危険とも隣り合わせであることを忘れてはならない。
 選挙サンデーである。投票日までの最後の日曜日。私は、先週に続き山形へ。厚生省の4年先輩である阿部正俊さんの応援である。暑い中での熱い戦い。


以前のジョギング日記はこちら
 2001年7月第3週分
 2001年7月第2週分
 2001年7月第1週分
 2001年6月第5週分
 



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