宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記

2001.8.18

 昨夜は、小学校の同級会ミニ版で大いに盛り上がった。そのせいではないはずだが、今朝は走るにはちょっと体調不十分。よって、ジョギングは休み。

 土曜日ではあるが、行事がちょこちょことある。昼は、年に一度の「県政会」との会合。この会は、県政モニターを務めた人達のOB、OGが集まっている勉強会で、県内各地での視察をしたり、県への提言をしたりという、極めてまじめな会である。メンバーは十人ほどの小さなものだが、私も出ていろいろ意見交換をさせてもらっている。この種の会合にはめったに出ないのだが、めったにないまじめな会であるということで、今年も出席させてもらった。

 そのあとは、短歌の朗詠の録音をした。これは、国体の秋季大会の開会式で披露される集団演技で使用されるものらしい。集団演技の冒頭で音楽に乗って、私が詠むところの短歌が流れる。「さまざまに 心ぞとむる 宮城野の 花のいろいろ 虫のこゑごゑ」というのを三十秒もかけて詠うのである。本番で、五万人の観衆の前でこれが流れたら、笑われてしまうのではないかと心配である。録音そのものは、失敗もなく、あっという間に終わってしまった。

 国体も、秋季大会が9月8日から、夏季大会が10月13日からと、目前に迫ってきた。これからどんどん盛り上がってくるだろう。準備にあたる県庁職員や関係の人達の苦労が実って欲しい。県内のすべての市町村でなんらかの競技が開催される。市町村の人達にもずいぶんとがんばってもらっている。県民の総力で、国体をぜひとも成功に導きたい。


2001.8.17

 久しぶりの出勤、夏休みが終わった。やはり、仕事をしているほうが、元気が出る感じがする。

 第1回の宮城スキット甲子園に出席した。中学生、高校生にスキット(軽い寸劇のようなもの)を英語で演じてもらって、その優劣を競うというもの。高校球児が甲子園を目指すように、宮城県の学生は、英語のパフォーマンスで日本一を目指して欲しいという思いで、今年から始めた事業である。

 日本語と英語を交えたあいさつをして、俺だって英語しゃべれるんだぞのアピールをしたあと、中学生の部の何校かの発表を見せてもらった。これが、期待以上のできである。面白い、それぞれ工夫をこらしているのがわかる。発音とか、英語での表現のほうは、もうひとつという感じはしたが、楽しんで演じているのが伝わってきて、とてもいい感じである。

 英語立県ということを考えていた。この時代、英語を使いこなせるのとそうでないとのでは、えらい違いである。宮城県の中学生、高校生には、英語の能力の面で、他県の上を行ってもらいたい。そのためには、どうすればいいか。そんな思いから、教育庁ではこんなイベントを考え出した。なにか、とてもいいイベントに育っていきそうな予感がする。

 中学生の部で一位になった築館中学校、高校生の部の第二女子高等学校のみなさん、おめでとう。来年は、もっともっと高いレベルで競いあって欲しい。

 身体のほうが、夏休み開けを察知したのか、今朝は体調がいま一つだったので、ジョギングは休止。ここで無理をしても、なにもならない。


2001.8.16

 今日で夏休みはおしまい。どこへもでかけないゴロゴロ休みだったので、休みが長く感じられる。日曜日も入れると5日間の休みだったが、もういいかげん飽きた。人間、ある程度の忙しさの中に身を置いているからこそ、がんがん前向きな発想になるということもある。明日からの仕事が待ち遠しい。こういうのを貧乏性というのだろうか。

 完全にゴロゴロしていたわけではない。原稿依頼を抱え込んでいたので、この際、一気に「滞貨一掃」することにした。「都道府県展望」の「知事随想」に「食材王国・みやぎ」を、時事通信の「厚生福祉」に「介護保険の見直し」を、文芸春秋の「日本の論点2002」に「道路特定財源の見直し」を、「年金と住宅」に連載中の「新・言語学序説」に「日記について」を執筆した。このほかに、書評を2本。このホームページ上の「週刊コラム・走りながら考えた」に「環境問題」というのも書いたが、これは定番で毎度のこと。

 あとは、マラソン見たり、プロ野球中継見たり。2時間走も含め、走るほうもそこそこやった。いつも言っているように「ランニングコスト・ゼロ」だから、走るのに金はかからない。ほんとうに、お金のかからない夏休みだった。

 NHKラジオの朝5時27分から「この日なんの日」というコーナーがある。「○○年前のこの日、こんなことがありました」と10ぐらいの出来事を紹介するのだが、今朝はちゃんと「1977年の今日、エルヴィス・プレスリーが亡くなりました」と伝えていた。24年目の命日。昨年、一緒にメンフィス詣でをした仲間の何人かは、今年もメンフィスでエルヴィスの墓参りをしていることだろう。亡くなって24年経っても、「キング・オブ・ロックンロール」は永遠である。

 今朝のジョギング、自転車に乗ったおばさんに、すれちがってから「がんばってね」と声をかけられた。ジョギングがんばれよということなんだろうか。ワゴン車の後部座席に坐ったおばあさんが、わざわざ窓を開けて「おはようございます」と大きな声であいさつしてくれた。いつもは会わない顔ぶれ。珍しくて声をかけるのだろうか。


2001.8.15

 8月15日、終戦記念日である。一昨日の小泉首相の靖国神社参拝もあり、新聞各紙の報道振りは例年より力が入っているような気がする。私達の年代の者にとっては、やはり8月15日は特別な意味を持っている。現実にこの日を体験したわけではないが、「戦後」というのを言葉だけでなく実感として受け止める年代ではある。

 昨年の今日は、メンフィスだった。夜の9時から、エルヴィスが亡くなった邸宅、グレースランドの入り口でセレモニーがあった。世界各地からのエルヴィスファン8000人とともに、エルヴィスの「ゼアズ・オールウェイズ・ミー」など、胸にジーンとくる歌を聴いていた。やがて門が開いて、お墓へのキャンドルライト行進が始まった。途中、庭のあちこちに置いてあるスピーカーから、この場の雰囲気に合ったしっとりしたエルヴィスの歌が流れている。お墓にたどり着くまで3時間ぐらいかかったような気がする。

 戦前と戦後が、昭和20年8月15日で画されているように、ポップ音楽の世界では、1956年のエルヴィス・プレスリーの全米デヴューの前後で、時代が画然と分けられている。それだけ、音楽の世界では影響力の大きいエルヴィスである。1977年8月16日、42歳での死は、あまりにも早過ぎた。

 昨日の2時間走の疲れもあり、今日のところは抑え気味で、軽く4K。夏休みなので、いつもより大分遅い時間のスタートであった。コースの途中で会う人の顔ぶれが違う。


2001.8.14

 今日も夏休み。「夏休み」と言うには、ちょっと涼し過ぎる。しかし、走るのには丁度いい。諸条件がそろったので、久しぶりに2時間走をやった。正確には、1時間58分走。復路が2分早かったのだから、調子はまあまあということ。「2時間走した」と妻に報告したら、「よくやった」と「バカタレ」の中間の「あきれた」という感じの反応だった。

 この日記が載っているホームページの表紙の写真は、昨日から、エルヴィスのTシャツを着た姿に変わった。このTシャツは、去年の今頃、アメリカテネシー州メンフィスで買ったものである。エルヴィス・プレスリーは、1977年8月16日、42歳でメンフィスのグレースランドと呼ばれる自宅で亡くなった。その23回目の命日に、ツアーでメンフィスを訪れ、グレースランドのお墓に詣でたのである。もちろん、私的参拝である。

 命日を含む1週間は、メンフィスは「エルヴィス・ウィーク」とになっていて、さまざまな行事が催される。世界各地から、この時期何万人ものエルヴィスファンが当地を訪れる。我々のツアーは総勢21名だったが、中にはメンフィス詣でが30回を越える人もいた。私達夫妻と、もう一組Kさん夫妻が初参加で、あとは何度も何度も訪問しているメンバーだった。

 何がこれほどまでにさせるのか。エルヴィスの歌を真摯に聴いてもらえばわかってもらえるというのが、エルヴィスファンの典型的答えだろう。歌がうまい歌手はエルヴィス以外にもいるが、その生き方への共感、歌が持つ癒しの契機、こういったものが、エルヴィス・プレスリーを他の歌手と明確に区別させている。

 今年は、メンフィス詣ではできなかった。今度いつ再訪できるだろうか。せめては、今日もエルヴィスの歌をCDで聴きながら、24回目の命日を迎えることとしよう。


2001.8.13

 今日から16日まで、私は夏休みである。どこへも出かける予定はない。今日は、父親の墓参りに行って来た。

  小泉首相が靖国神社に参拝した。いろいろ考え抜かれた上での結論なのだろう。このことについては、今日の段階で、特に言うことはない。

 昨日、「私の好きなエルヴィス―小泉純一郎選曲 エルヴィス・チャリティ・アルバム」について書いた。このアルバムに収録されている25曲の中の23番目に「夕べの祈り」が入っている。この曲についての小泉首相のコメントは「心が洗われる。聴き終えてそう実感する曲だ。短い曲だけど、エルヴィスの祈りが心に充分に伝わってくる」というものである。今もこの曲を聴きながら書いているが、まさにそのとおりの素晴らしいエルヴィスの歌唱力だ。魂の震えが伝わってくる。

  曽野綾子さんの「神の汚れた手」という小説の中で、主人公がこの「夕べの祈り」を聴いて、「プレスリーという人は、この曲をこの世に残しただけでも、生きてきた価値がある」と言う場面がある。この場面を読んだのがきっかけでエルヴィスファンになったのがMさん。60歳を越えてからのファンであるが、命日にはエルヴィスの墓のあるメンフィスまで毎年でかけるほどの熱烈ファンになっている。

 靖国神社での小泉首相の「夕べの祈り」は、どういう気持ちでなされたのだろう。エルヴィスの歌の中では、「もしも私が 自分勝手な歩みをしていたならば 愛する神よ ゆるしたまえ、私が気づかぬ隠れた罪を ゆるしたまえ」とあるのだが、これはイエス・キリストに対する祈り。小泉首相は神社での祈りなので、これとは、違った思いのものになったはず。

 それにしても、毎年、毎年、日本版「夕べの祈り」をめぐって、外国も含めて騒然となるのはいかがなものか。神も、英霊も、そしてエルヴィスもそんな騒ぎは望んでいない。

 昨夜は、カナダのエドモントンでの国際陸上の女子マラソンを最初から最後までしっかりとテレビ観戦した。夜11時過ぎのスタートだったので、ゴールは午前1時半を回っていた。最後の最後まで、シモン選手と土佐礼子選手が競り合うという、素晴らしいレース展開に、興奮気味での応援だった。

 ということで、寝不足。そして、朝方は夜来の雨が残っていたこともあり、今朝もジョギングはなし。涼しくて、走るのにはいい条件なので、少し残念ではある。


2001.8.12

 小泉純一郎首相が選曲したCDアルバムを聴きながら、これを書いている。四十年来のエルヴィス・プレスリーファンである小泉首相が、669曲あるエルヴィスの曲の中から25曲を選び出してアルバムにまとめた。今日現在まだ発売されていないこのアルバムのプロモーション用サンプル盤を一昨日入手できたのは、私自身もほぼ四十年に及ぶエルヴィスの大ファンであるからである。

 私は、エルヴィス・プレスリーファンクラブの会員番号4600番の会員である。今年の三月末まで、地元のコミュニティFM局でエルヴィスの曲しか流さないという番組のDJをやっていた。「シローと夢トーク」というタイトルで、毎週水曜日の夜にオンエア。3年間続けたので、150回ほどやったことになる。そういう経歴もあり、ファンクラブの本部も私の功績を認めてくれたのだろう。ファンクラブのほうから、アルバムが送られてきた。感謝感激である。

 誰もが知っている大ヒットばかりではない。「これを選ぶとは、おぬし『通』だね」と言われるような曲が25曲。「シローと夢トーク」にゲスト出演していただいたことのある湯川れい子さんが、このアルバムの解説で「エルヴィスを好きな人に悪人はいない」と書いている。筋金入りのエルヴィスファンである小泉首相、少なくともその一点だけは私との共通点である。私が大いなる親近感を小泉首相に感じるのは、あたりまえ。

 日曜日。サンデーマラソンクラブに参加するため、張り切って家を飛び出した。その直後から雨足が強くなり、1Kも行かないところで引き返してきた。自然のくれた休養日である。


以前のジョギング日記はこちら
 2001年8月第2週分
 2001年8月第1週分
 2001年7月第4週分
 2001年7月第3週分
 2001年7月第2週分
 2001年7月第1週分
 2001年6月第5週分
 



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