宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 3月第4週
2002.3.23

 昨日、宮城大学の卒業式からの帰り道、「なるほど、ここはいいコースだな」と思った。そして、今朝、そのことを確認する作業にとりかかった。我が家から宮城大学まで、だいたい1時間コースと見込んでいたのだが、どんぴしゃ。黒川郡大和町学苑1番地の宮城大学の校舎正面まで、走って57分であった。

 桜ヶ丘から宮城大学までの道は、歩道が広くて走りやすい。アップダウンも適度にあって、リズムを刻むのに丁度いい。かてて加えて、見渡す景色が素晴らしい。アメリカの高級郊外住宅地近辺の雰囲気。ワールドカップサッカーのイタリアチームが宿泊予定のロイヤルパークホテル、県立図書館、県の産業技術総合センター、そして宮城大学。訪れる人の誰をも感嘆させる泉パークタウンの緑あふれるたたずまい。はじめてのコースでもあり、一歩一歩走るごとに、驚きと感激の連続であった。

 こうやって走れることの幸せを感じながら、最後の最後までしっかりした足取りを保持することができた。一昨日の2時間走から一日おいただけでまたまた2時間走。ちょっとオーヴァーワーク気味だが、身体は悲鳴を上げていない。おかげで、体重は21世紀最低値を記録した。

 世の中は、鈴木宗男議員の疑惑から、辻元清美議員の疑惑へと興味が移った感がある。国会は、こんなことばかりやっていていいのだろうかという思いがある一方で、辻元議員のほうも、ここでしっかり覚悟を決めて対処する必要があるとも感じる。疑惑を晴らすなら、徹底的に、そして一刻の猶予もなく。もしも疑惑を晴らせないなら、出処進退は素早く。


2002.3.22

 昨日の2時間走で、どうかとは思ったが、全く支障なし。8Kをいいペースで走った。中国本土からの黄砂のせいらしいが、空が暗くなっていた。

 宮城大学の卒業式。昨年が第一回であった。今年の卒業生の就職状況は、極めていいとのこと。2回目の卒業生を送り出すにあたって、うれしいことである。開学以来、入学式には毎回出席しているから、彼らにもその時に会っている。また、年に一回だけだが、特別講義をしているので、このメンバーにも2時間講義をしたはずである。毎回、その感想文を全員からもらっている。今日の挨拶では、そのことのお礼も言っておいた。若き可能性に、幸多かれと祈るものである。  


2002.3.21

 祝日であり、予定は入っていない。体調も良好、睡眠も十分、天気も上々。これだけの条件が備わっていれば、2時間走をするのは当然の成り行きである。JR仙山線愛子駅までが、丁度片道1時間。前回の2時間走の時は、愛子駅の手前50メートルのところで1時間になってしまったが、今朝は駅を越えて五十メートル行けた。

 復路、霊園のある葛岡のところで、車が何台も連なっているのにでくわした。そうだ。今日はお彼岸の中日。父のお墓にお参りに行くべきことを思い出した。父が亡くなって、21年になる。

 今朝の新聞各紙では、情報公開に関する、全国市民オンブズマンの恒例の調査で、宮城県が4年連続で1位という記事が報道されていた。県議会の海外旅費に関する情報だけがマイナス15点で、知事部局のほうは満点。実は、担当に言われるまでは、昨日が結果発表の日ということも知らなかった。こんなランキングでも、やはり1位はうれしい。いい意味でのプレッシャーというところだろうか。

 久しぶりの完全休日。暖かい一日。長い距離を走ることもできたし、のんびり、ゆったり、時間を過ごすことができた。


2002.3.20

 朝方は強風警報が出るほどの風が吹いていたので、今朝の走りは中止にした。

 30日間続いた第291回県議会が今日閉会となった。代表質問が6人、一般質問が 19人、プラス予算特別委員会での質疑もあり、結構の長丁場ではあった。幸い、平成14年度予算案をはじめとする案件は、すべて原案どおり承認いただいた。あとは、予算をしっかりと執行していくことが我々の任務である。

 今日は、人事異動の内示の日であった。新しく部長になる人などに対して、「しっかりやってもらいたい」という期待を申し上げた。いずれも、前向きに仕事をしてくれる人材ばかりであるので、一緒に素晴らしい県政を創っていくことができる。

 もうすぐ桜の開花である。花咲き、鳥歌う季節は、創造の時期である。活動と躍進の時でもある。前へ前へと、進んでいくのみ。


2002.3.19

 走りのほうは、自己流スピード練習で6K。朝の出勤時間が早かったので、早起き早走りということになった。

 年度末である。県庁も、人事の内示が明日というスケジュール。私自身は、この8年あまり人事異動なしである。転勤を伴う異動の職員もいるし、なにかと心穏やかでない時期だろうと思う。自分の経験から言うと、「足下に泉あり」。つまり、いかなる運命のいたずらにしても、所を得たのであるから、そこにやりがいを見出すべきであると信じている。「俺はもっといい処遇がされるべきだ」という思いでうじうじするのはつまらない。

  一人ひとりの職業生活を本にしたとすれば、40頁ほどになる。それぞれのポストで過ごす時間は、2ないし3頁になる。一冊の本の中では、結構なボリュームである。いやいや過ごしても2年間、生き生きと過ごしても2年間。君はどちらを取るかということ。どうせやるなら、やりがいを感じ、楽しくやらなければ損である。県庁での仕事は、幸いにして、それだけのやりがいのあるものである。


2002.3.18

 ゆっくりペースで7K走った。1K6分ペースぐらいだから、パルスは130台にまでしか上がらない。本来は、これぐらいがジョギングで、これ以上のペースはランニングに近くなる。

 月曜日であるので、定例記者会見。暗いニュース、困ったニュースが続く中で、「ところで、ベガルタ仙台ですが・・・」という質問になると、俄然こちらは張り切って饒舌になってしまう。「3連勝、しかも柏レイソルを破ったとなると、まぐれではなく実力。しかも、J1のチームの平均予算が24億円というのに、わがベガルタは13億円。これで3連勝なんだから、なんと効率のいいチームなんだろう」とまくしたてた。

 質問は、鈴木宗男議員問題に及ぶ。これにも饒舌に答えてしまう。国と地方との財源の問題、情報公開のありかた、政と官の関係などなど。単に鈴木議員個人に帰することなく、一過性で終わらせずに、国民全般の関心事として問題を抉り出すことが必要であるといったことを話した。

 夕方になって、日程をやりくりして、山林火災が起きた丸森町に駆けつけた。渡邉町長さんを先頭に徹夜で対応にあたっていただいている。自衛隊は、14機のヘリコプターを投入して、空からの消火にあたっている。丸森町消防団の皆さんも徹夜での消火活動であった。それぞれに御礼と激励をさせてもらった。幸いに、鎮火まではいかないが鎮圧された状況である。なんとか、これで収まってほしいと祈る。


2002.3.17

 北の大地、札幌で走ることを期待していた。私だけでない。同行の渋谷秘書もその思いであった。残念ながら、昨夜の雪のために今朝の走りは断念。出発前に、妻から「雪で転ぶから、札幌で走るのはダメ」と釘をさされていたことも思い出した。そもそも、昨夜は、遅くまで札幌の夜を楽しんでいたので、朝はつらいということもあった。そんなこんなで、「後日を期そう」ということである。

 戻ってきた仙台では、東北大学運営諮問会議に委員として出席。そのあと、「ぴかぴか宮城をつくる会」という集まりに出た。異業種交流といった趣の会である。東北ハンドレッドの京極昭社長もご出席であったが、なにしろベガルタ仙台3連勝である。ご挨拶に立たれたが、話していても、終始口元はゆるみっぱなし。おかげで、会場のムードは一気に明るくなった。


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