宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 12月第3週     

2003.12.20(土)

 朝、疲れがたまっているのを感じたことと、夜中にビュービュー風が吹いていたし、気温も下がっている気配だったので、土曜日ではあるが、走るのをやめて7時半ごろまで寝ていた。

 昼間に公務で外へ出たら、帰り道ではすごい雪降り。高速道路は時速50キロのノロノロ運転を強いられた。仙台市内も5センチの雪があっという間に降り積んだ。この冬初めての本格的な積雪。

  そんな中を、夕方、県民会館で昨日から始まったばかりの劇団四季の「キャッツ」の観劇にでかけた。昨夜は公演開始を記念してのレセプションがあり、私も出席したが、その時点では観劇に至っていなかった。出席者のほとんどは、劇場からまっすぐかけつけて、感激覚めやらぬ様相だったのに、私だけみそっかす状態だった。

 そのうらみが今日晴らされた。事前にCDで音楽部分は聴き込み済みなので、歌の部分がすーっと入ってくる。ミュージカル観劇のコツはこれである。ともあれ、歌唱力、ダンスは相当のレベルであるし、なによりも舞台の仕掛けが面白い。劇場自体が舞台になっているのも、新鮮な驚きである。全般的に、よく出来ているの一語である。大満足。県民会館から数十歩の距離の行きつけの店でおいしい和食と、さらに数十歩の距離のバーで光のページェントを上から眺めながら、「キャッツ」の余韻に浸った。


2003.12.19(金)

 東京での朝。朝一番の日程が、比較的ゆっくりなので、ジョギング開始も7時半でOK。皇居一周。このコース上には、100メートルごとに、都道府県名と県の花が書かれたプレートが埋め込んである。走りながら、その県の知事の顔を思い浮かべていた。

 というのも、今日は一日中、全国知事会もしくはそれに関連したような会合が続くから。午前中は、地域自立戦略会議。呼びかけ人の月尾嘉男先生、現役の6県知事に加えて、前三重県知事の北川正恭早稲田大学大学院教授が参加。北川さんは、プロフェッサーになって、ますます発言が自由奔放になって、実に楽しそう。聴いている我々も楽しくなる。

 午後の全国知事会総会では、石原慎太郎東京都知事が珍しく出席して、知事会への批判発言をしていった。詳しくは言わないし、言いたくもないが、他の知事会メンバー、特に個人攻撃的な批判の的にされた梶原拓全国知事会長にとっては、「それはないでしょ」と言いたくなるような言動であったことだけは言っておきたい。

 こんな「事件」のせいで、三位一体改革の第一ラウンド、平成16年度予算での扱いへの評価についての議論が霞んでしまったのでは困る。全体としては、「評価できない」という意見が大勢だった。


2003.12.18(木)

 久し振りに、生島ヒロシさんの「おはよう一直線」に生出演。5時過ぎには起きた。昨夜は、出版パーティーのあと、司会をやってくれた佐藤進くんなどと「反省会」を結構遅くまでやっていたので、少々睡眠不足。

 いつもどおり、ぶっつけ本番。年金問題とか、イラクへの自衛隊派遣問題を生島さんは振るものだから、短い時間でのコメントはしづらい。ともあれ、楽しく出演させてもらって、そのまま今野秘書とジョギングへ。今朝は、神宮外苑から明治神宮コース。10キロの距離は、今野秘書にとっては相当に長い。ひざが「笑っている」状態になったらしい。

 今日の最初の仕事は、宮城米の新米試食会。対談コーナーのゲストは生島ヒロシさん。3時間前まで一緒だったのだが、「いやー、久し振りでしたね」というくすぐりから始めて、あとは十分息の合ったところをお見せすることはできたと思う。新米の出来は上々。参加してくださった方々から、「おいしい」という評価をいただいた。

 夜は、寺島実郎さんの著書「脅威のアメリカ、希望のアメリカ」(岩波書店)の出版記念パーティーへ。スピーチの機会までいただいてしまった。寺島さんとは、その1時間前まで、宮城県の政策情報誌に掲載するための対談をしていた。生島さんに続き、寺島さんとも一日に2回の出会い。こういうことも、珍しい。


2003.12.17(水)

 午後から上京。東京事務所で取材2件。どちらも同じような内容なので、両社一緒にやってくれれば簡単に済むのにとは思うが、そうもいかないだろう。

 夜は、先月出版した私の2冊の著書の出版パーティー。丁度1ヶ月前に、仙台でパーティーを開いたが、今回はその東京版というところ。今回も、妻が参加。160人ぐらいの参加だったが、10年以上会っていなかった人たちも大勢いらして、私にとっては、うれしい会合だった。


2003.12.16(火)

 いろいろあった第299回県議会も、今日が最終日。三本木町に建設予定の保健福祉医療中核施設建設計画を中止するという決定に対して、県議会において反対の声が巻き起こった。地元の三本木町の不満ということもよくわかる。そういった中で、県として責任ある判断をしなければならないとして、悩んだ末の判断である。ともあれ、この問題だけではないが、いろいろな案件について議論が沸騰した県議会の会期が終了したということである。

 ほっとする暇もなく、夕方から夜にかけて、県の緊急経済産業再生戦略の財源として、県職員の給与を削減するという提案についての、「三者共闘」との交渉が行われた。私が出る交渉としては3回目である。真摯に話し合ったつもりであるが、組合側の理解を得るまでにはいかなかった。残念である。  


2003.12.15(月)

 昨夜、イラクでサダム・フセインが拘束されたというビッグ・ニュースが飛び込んできた。現地時間13日夜ということは、日本時間では12月14日の朝である。フセインがみつかったところが、穴倉のようなところと聞いて、赤穂浪士の討ち入りで吉良上野介が炭小屋に隠れているところを引っ立てられたことを連想した。浅野としては、そんな連想をしてしまう12月14日である。吉良はキラーにつながるなどは、おまけとしても、あわれな拘束のされかたでは、似通っている。

 今朝は、気力充実せず、走るのさぼろうかと思ったが、なんとか3キロだけ走った。起きる前は義務感のようなもの、走ったあとは、「もうかった」という幸せ感。寒さの中を走ったあとに、汗が滴り落ちる気分も、いとゆかし。

 いつもの月曜日。定例記者会見のほかに、取材がいくつかあった。地元テレビ局からは、この一年を振り返ってという注文だった。いちいち数え上げないが、思い出したくないことも少なくなかったという思いと、それなりにがんばったという思いと、両方の感じ。質問者が、「今年一年を一言で」という注文だったので、「阪神タイガース」と答えてしまった。万年最下位といったチームが、一年で変身することもあり得るということ。これは、業績不振の企業とか、万年野党とか、いろいろなケースにあてはまる。

 それにしても、「今年一年を振り返る」という時期になってしまったことに、今更ながら、時の流れの速さを実感してしまう。


2003.12.14(日)

 日曜日であるが、公務が入っているので、8時半自宅発となる。よって、SMCは途中で抜けなければならない。その前に20分走るつもりだったが、計算違いでSMC開始に遅刻してしまった。久し振りにメンバーと会った。

 公務は、三陸縦貫道路の河北ICの開通式への出席。素晴らしい快晴で風もなく暖かい。こんな中でのテープカットなら、気持ちがいい。ましてや、念願の6.7キロの開通である。県内初の無料区間というのもうれしい。関係の方々に感謝しつつ、さらに北へ北へとこの道路が延びることを願うものである。

 日が短くなってきた。こんないい天気の一日だったが、4時頃からは薄暗くなってきた。12日から始まった「光のページェント」が点灯する5時半は、当然ながら真っ暗。暖冬の今年であるが、55万個の電球に飾られたけやき並木を見ていると、なおのこと暖かさを感じる。


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