宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記  7月第3週      

2004.7.17(土)

 朝、雨が降りそうな状況で走り出したら、2キロ付近で本格的な降雨となった。そこから引き返したので、今朝は4キロ走。から梅雨気味だったのが、ここにきて雨の日が多くなった。これが正常かもしれない。

 気温で10℃以上高い東京へ。全日空ホテルでの、結婚披露宴に出席。新婦は、3月まで私の秘書をしていた大井川恵子さん。新郎は横浜の監査法人にお勤めなので、彼女は県庁の仕事をやめざるを得なかった。出会いは10年前、大学で同じサークルだった。新郎がひとめぼれして、一筋に愛を育んで今日に至ったらしい。披露宴の最後のほうで、恵子さんがその辺の事情と、両親への感謝の言葉を連ねた手紙を読んだ。新郎は、結婚できた幸せを手放しで喜んでいるような挨拶であった。新郎、新婦の話に、聞いているほうも、ついほろり。いい披露宴であった。


2004.7.15(木)

 仙台と比べれば、10℃以上も気温が違う東京。朝の日程に余裕があったので、朝からとんでもない暑さなのにもかかわらず、13キロ走ってしまった。ホテルを出て、赤坂見付の交差点のところで、坂の上から太っ腹で走ってくるのがいるなと思ったら、県庁企画部で全国知事会を担当している元秘書課の山内さんだった。「一緒に走ろう」と声を掛けて、13キロつき合わせてしまった。多量の発汗のために、ゆっくり走っているのにパルスが上がる。そんな走りだった。

 10時から、都道府県会館で全国知事会。本来は、新潟市での開催だったのだが、大雨被害のために、急遽変更になった。三位一体改革(地方財政自立改革)が中心課題になる、極めて大事な会議である。47人の知事のうち、本人出席が40人、85パーセント。記憶にある限り、本人出席率では過去最高。しかも、皆さんの発言が活発で、ぼやぼやしていると、発言の機会が得られない。だから、私もぼやぼやせずに、何度か発言をさせていただいた。梶原会長は、まとめるのに腐心しているのが、よくわかる。親の心、子知らずで、勝手な発言で時間ばかり浪費しているのではないか。私たちのほうでも、そんな反省はある。

 5時半過ぎまでみっちり議論をして、涼しい仙台への帰途についた。


2004.7.14(水)

 新潟県や福島県では被害甚大な大雨。宮城県でも雨降りであるが、ここ東京地方は梅雨明け宣言も出され、雨とは無縁である。昨晩から気温が下がり、今朝もあまり暑からず。午前6時、TBS到着。久し振りに、「生島ヒロシのおはよう一直線」に生出演である。参議院議員選挙結果、プロ野球再編などが今日の話題。ついつい、べらべらしゃべってしまう。ともあれ、打ち合わせも何もない行き当たりばったりだから、仕方がない。番組が終わって、次に控える大沢悠里さんなどとおしゃべりをして、スタジオを後に。

 朝の仕事開始が8時なので、時間のことを気にしながらの走りになる。TBSから皇居一周に向かう。今日ばかりは、少し速めのペースでないと、7時20分までにホテルに戻れなくなる。すぐれものジョギング・ウオッチで、今朝の1キロごとのラップタイムを再現すると、5分18秒、23秒、34秒、31秒、21秒となる。皇居一周の合計で27分07秒、キロ5分25秒ペースで走った。気温があまり高くなかったこともあり、特に疲れなし。キロ6分10秒に慣れきった身体になってしまったのではないかとの懸念は、杞憂であった。

 朝一番の「霞が関勉強会」は、教育問題について。森上教育研究所の森上展安所長から、最新公立学校事情、塾の問題、ゆとり教育の問題点などについての話。考えさせられる内容であった。そのあとは、某銀行系研究所発行の雑誌の取材。みやぎ知的障害者施設解体宣言について。取材を終え、昼食を摂って、新潟市での全国知事会に出発しようとしたところに連絡が入った。新潟市から都道府県会館に会場を移すということ。新潟県での大雨被害を考えれば、当然の変更ではある。決断の遅れはあるにしても、非常時である。いたしかたない。

 ということで、突然の予定変更。田中康夫長野県知事が座長である「国の行財政改革評価研究会」も、新潟市ではなく、都道府県会館にて開催された。メンバーは、これに宮崎県の安藤知事が加わっての3人であるが、安藤知事欠席につき、三宅副知事が代理出席。これが第一回である。


2004.7.13(火)

 夜半からの雨が、朝になってもやまない。屋根を叩く雨音が聞こえるほどの降りようである。これでは、走れない。1ヶ月連続走ったあとは、2日連続の休み。

 梅雨明け前の最後の雨なのだろうか。今日の仙台地方の天気予報では、最高気温23度、低温注意報が出ている。その仙台を後にして新幹線で東京駅に着いたら、炎熱地獄が待っていた。東京駅に着いた11時過ぎの時点で、水銀柱は35℃以上を示していた。

 午後から、都道府県会館にて東北開発推進協議会総会。円滑な審議で、30分ちょっとで終了。少し間を置いて、東北新幹線建設促進期成同盟会通常総会。こちらのほうも、あまり時間をかけずに終了した。どちらの会議も、私の発言するような場面はなかった。考えてみれば、こういう日も珍しい。普段は、人と会ったり、会議を主宰したり、打ち合わせをしたり、取材をしたり、講演・講義をしたりと、一日中、なにかかにかしゃべっている。本日に限っては、「異議なし」を小声で数回言ったほかは、ほとんど言語を発する機会がなかった。こういう日もあっていいのだろう。

 夜は、真野章社会保険庁長官と食事。昭和45年、厚生省に同期で入省した仲間である。このところの社会保険庁バッシングでは、大変な思いをしているはず。しかも、彼の後任の社会保険庁長官は、首相のお声掛かりで民間からの起用である。いろいろな思いはあるだろうに、真野君は愚痴をこぼすでもなく、お互いに楽しい時間を過ごすことができた。


2004.7.12(月)

 参議院議員選挙から一夜が明けた。さすがに、昨夜は遅くまで選挙結果を報じるテレビを見てしまった。ゆえに、睡眠時間が少ない。今朝は寝不足で走るのは避けたいなと思っていたら、恵みの雨。走らないことに罪の意識を感じてはいけないのだが、今朝は安心して休める。この雨である。昨日まで丸々一ヶ月間、一日も休まず走っていたのを休むきっかけになった。

 定例記者会見では、参議院議員選挙の結果に質問が集まった。自民党不振の原因はどうか、今後の宮城県内の選挙にどういう影響があるかなどなど、とても私の能力では答えられない質問も多かった。憲政の常道から言えば、今回程度の自民党の苦戦は敗戦ではない。ましてや、参議院議員選挙である。今後の政治に緊張感を持って取り組んでもらう契機になってもらえばいい、そのぐらいには思っている。

 オフィスの窓を開けていると、寒いと感じるぐらいの今日の天候であった。暑い暑いで参っていたことを考えれば、大歓迎のはず。でも、どこか寂しくもある。


2004.7.11(日)

 夜中に大雨が降っていたので、今日こそは「雨のため中止」かと思っていたのだが、朝方には雨は完全に上がっていた。SMCの集合地点である源吾茶屋の前の合歓の木が、幹からぱっくりと折れて倒れていた。昨日とおととい、雷が仙台地方を襲ったが、その際に雷が直撃したのかもしれない。花が咲き誇っているタイミングだっただけに、無残である。

  走りのほうは、ゆっくりペースで。これでまる1ヶ月間休みなしという記録を立ててしまった。梅雨どきの1ヶ月、雨のため走れなかったという日が一日もなかったということ。そのことのほうに驚いてしまう。

 午前中に、八幡小学校で参議院議員選挙の投票を済ませた。投票所に向う人、帰ってくる人、高齢者の姿が目立つ。若い人はどこにいるのだろう。投票率のことが心配になりながら帰宅。選挙の結果が出る前に、日記は書いてしまった。


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