宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 9月第1週        

2004.9.4(土)

 朝も早くから仙台空港経由で福岡へ。そこも経由地で、JRで諫早へ。諫早から車で1時間の島原へ。自宅を出てから6時間以上かかっていた。毎年今頃開催される、「雲仙トップセミナー」に今年もやってきた。障害者の地域生活をどうやって支援していくか、そのためには、障害者にも介護保険の適用をすべきではないか。今年のテーマは、ざっとそんなことである。

 私の出番は、1日目の首長セミナーで、市長4人、知事2人をパネラーに迎えてのセッションでのコーディネーターとして。3時間余、休憩なしでの議論である。元気があり、個性があり、情熱があり、パフォーマンスもあるという条件で選んだ人選には自信があったので、コーディネーターとしては楽なものである。結構笑いも取りながら、500人近い聴衆の興味をつなぎとめつつ6時37分に終了した。パネラーに対しては、「浅野劇団一座のメンバーにようこそ」という感じでやっているが、國松滋賀県知事、古川佐賀県知事、熊坂宮古市長、福嶋我孫子市長などは、古参レギュラーメンバーと呼んでもいいぐらいに、何度も出てもらっている。新潟県長岡市の森民夫市長、山口県柳井市の河内山市長は、初登場。時間管理の厳しさなど、やりたい放題のわがまま座長のやり方には、既存メンバーと同じように合わせていただいたのは、ありがたいことである。  


2004.9.2(木)

 朝は、珍しく雨降り。朝食会で出勤が早いということもあり、堂々と走りを中止した。昨日の10キロランは、それなりに効いている。丁度いい休養。ところで、8月の走行距離は、18日で152キロ。距離はともかく、意外と走行日数が少なかった。

 オフィスを2日空けると、机の上は、送られてくる出版物、手紙類、書類などで山になっている。それらを片付ける暇もないほどに、次から次へと仕事が入る。かくして、山はさらに大きくなって翌日に持ち越すことになってしまう。

 そういった仕事の一つに、全国ママさんバレーボール大会の開会式への出席があった。「ママさん」というより、お嬢さんと呼ぶべき人、それ以上の年齢層の人たちも全国から参加しているが、共通しているのは、スポーツが大好きで、楽しんでいること。それは、ちんたらランナーではあるが、私にも共通している。目標は勝つことというよりも、長く続けること。そんなことを挨拶で申し上げた。

 夜は、この大会の名誉総裁である高円宮妃殿下をお迎えしての夕食会。最近では、五月に日本車椅子ツインバスケットボール大会の折にご一緒した。きさくなお人柄で、周りの人を楽しい気持ちにさせてくれる方である。それに甘えて、今夜も楽しく時間を過ごさせてもらった。


2004.9.1(水)

 8月が終わった。夏が終わったというわけではない。気仙沼の朝。台風一過でからりと晴れている。5時半起床、6時スタート。唐桑町との境コースへ、今野秘書と走り出した。久し振りのコースで、まちがいそうになるが、身体が覚えていた。東陵高校のところからの上り坂は、1キロ以上続く。境のトンネルまで届かないうちに、目安の30分を過ぎてしまったので、そこから戻る。今野秘書もあえぎながらも、遅れてついて来た。

 こんな走りだったので、そのあとの9時から12時までの3時間炎天下で続いた「9.1総合防災訓練」は、結構つらいものがあった。終了後のインタヴューに答えている姿をテレビで見た家人に、「疲れているようだった」と言われてしまった。

 そのあとは、北の端の気仙沼から仙台空港まで移動して、仙台・台北の定期便の就航式典に出席。途中でラーメンを食べた時間も入れると、気仙沼から空港までの時間と、仙台・台北間の飛行時間があまり違わない、つまりは、台湾がとても近くなったという話を挨拶の中に入れさせてもらった。  


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