浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 1月第3週           

2006.1.21(土)

 今日から始まる「第5回福祉セミナーin みやぎ」の会場である国際センターの前を通って、澱橋、中島丁へ。復路は澱橋、中の瀬橋を通って帰還の6キロ。寒さは感じない。

 「福祉セミナー」は昨年までは福祉事業団が主催。今年からは新生・社会福祉協議会が主催である。主催者としては、客の入りが心配だったが、開会挨拶で壇上から見たら、1000人のホールに半分は入っているようだったので、一安心である。

 午後からの首長セッションには、昨日の二人に加えて、高橋はるみ北海道知事と斎藤弘山形県知事がパネラーとして登場である。高橋知事は昨年に続いての参加である。斎藤知事は、小嶋静岡市長とともに「浅野史郎一座」に初登場。河内山柳井市長は、2年前に雲仙セミナーで一座にデビューしている。自画自賛になるが、とても面白いセッションになったと思う。これだけでも一万円の参加費の元を取ったと思ってもらえばいいのだが。


2006.1.20(金)

 社協回りは、鹿島台町、松山町、田尻町、古川市の4ヶ所。3月31日には、この地区を含む1市6町が合併して大崎市が発足する。社協も同日までに合併することが期待されているのだが、現状ではむずかしい。鹿島台町社協が、昨年8月に県社協から特別養護老人ホームを移譲されて、規模が大きくなり、その性格もかなり変わったことも、社協合併を困難にしている一要因であるようだ。たまたま、今日の5時に、合併協議会が開催されるとのこと。どうなるのだろうか。

 夜は、明日から始まる「福祉セミナーin みやぎ」の首長セッションに参加いただく、小嶋善吉静岡市長、河内山哲朗柳井市長、田島良昭前宮城県社会福祉協議会副会長との会食。小嶋市長は、大学の同級生、河内山市長とは「民に聞け」を共著とした仲である。福祉の課題を中心に談論風発で楽しかった。


2006.1.19(木)

 風が強い朝。少し躊躇があったが、走り出したら、あっという間に調子よくなった。北へ、そして西へ向かって走る往路では、仙台の地形上、緩い上り坂となる。それに北西から向かい風を受ける。走り始めは身体も十分温まらない。復路になると、この逆の状態になるので、さらに気持ちよく走れる。復路は、東に向かって走ることになるので、明るみが増す空が視野に入ってくる。これが冬の朝の走りの醍醐味ということは何度も書いた。

 午前中は、東北大学の研究室で研究活動。一人きりになれる貴重な時間である。学究的な気分にもなれる。ありがたいことである。

 午後からは、涌谷町社協訪問。県社協に戻って、いきいき学園の担当者と意見交換。風の吹き荒れる寒い一日であったが、気持ちが暖かくなる、人との出会いもあった。


2006.1.18(水)

 東北福祉大学で特別講義を頼まれていた。総合政策学部社会福祉学科の赤塚俊治助教授の今学期最終講義で、私が特別講師としてお話をするということである。1年生を中心とした600人ほどの学生相手に「福祉の思想」について、1時間真面目に講義をした。ほとんど冗談も言わない講演というのは、とても珍しい。熱心に聴講する学生の姿に押されたという感じである。

 午後からは、蔵王町社協、柴田町社協を訪問。どちらも特色ある活動をしているのが、印象的である。

 堀江貴文社長率いるライブドアに強制捜査が入って、大騒ぎである。株式市場も大荒れ。あれだけ持て囃していたマスコミが、こうなると手のひらを返したように、堀江社長叩きに狂奔する。どちらの態度にも、違和感を覚える。堀江社長とは、仙台へのプロ野球誘致で、面識がある。私に「堀江社長の今回のことについて、コメントを」というマスコミもあったが、お断りした。ともあれ、真実は明らかにされる必要がある。それまでは、先走ったことを言ったり、やったりは控えるべきである。私のことだけでない。関心がある人、すべてがそう認識すべきだろう。


2006.1.17(火)

 西新宿のホテルを6時過ぎに出発して、30分だけの走りをこなす。甲州街道、山手通りで初台方面までで終わってしまう。初めてのコースなので、もう少し長く走りたかったが、時間がない。

 時間がないのは、朝の日程をぎっちり入れていたから。寺島実郎氏とのあわただしい会話。出版社の編集担当と「書き下ろし」自著の打ち合わせ。朝日新聞からの「医療保険改革について」の取材と続き、お昼前の新幹線で仙台へ。

 仙台に戻って、市町村社会福祉協議会訪問の初日をこなす。まずは、利府町社協、大郷町社協から。二つだけだが、活動状況などはだいぶ違いがある。介護保険改正、障害者自立支援法の施行という状況を踏まえて、社協は事業主体としても存在感を発揮しなければならないということは感じた。


2006.1.16(月)

 この日記がなかなか書けなくなった。知事を辞めてからのほうが、書くべき原稿が格段に多い。特に、書き下ろし「回想録」を書くことになってからは、書くべき量の重圧にあえいでいる。ということで、こんな日記を書く時間すらなくなりつつある。ホームページの「走り書き」も、これまでのペースで書くのは、しばらく無理かもしれない。

 午前中、県社協での仕事をしてから東京へ。日比谷の市政会館での「分権型政策制度研究センター」の研究会に出席。知事時代は第二号委員だったが、辞めてからは「学識経験者」として第一号委員に「昇格」した。今日は、義務教育について。2時間半にわたり、かなり突っ込んだ議論だったが、この研究センターとして具体的な提言なり行動に結びつけるのは、かなりむずかしいかもしれない。

 夕方は東京青年会議所の新年会で、高橋理事長との対談という役割を果たした。青年会議所に集うメンバー数は減少傾向であるが、自分たちで社会を変えていこうという熱気は大したものである。


2006.1.15(日)

 米子での走り。6時45分発。三年連続で水鳥公園へ。走っていたら、横に車が止まって、「水鳥公園はどちらですか」と尋ねられてしまった。「まっすぐ、ここから4キロです」と答える私もよそもので、仙台から来た人間ということは、車の中の人はわからないだろう。そんなことを思いながら、日の出前の暗い道をひたすら走る。丁度30分で、水鳥公園着。今年も、たくさんの鴨や白鳥が集っていた。

 米子から千葉みなとへ。京葉線のこの駅に行くまでには、羽田からモノレールで天王洲アイル、りんかい線で新木場と経由する。りんかい線は生まれて初めて乗った。天王洲アイルでの乗り換えでは、いったん外に出て、エスカレーターを3回も乗り換えて、地下深くもぐる。反対方向に行くと、大井町、大崎、新宿、池袋を通って、赤羽、大宮、川越までつながっているのだそうだ。首都圏には、どんどん新しい鉄軌道ができていくんだなとの感慨がある。社会資本はこうやって蓄積されていくのだが、ひとたび大地震が首都圏を襲ったら、こういうシステムはどうなるのだろうか。飽くことなき社会資本投下の集中に、空恐ろしさを感じる。

 千葉みらいでは、民主党千葉主催の真面目な勉強会での講義。「地方自治と議会制度」ということで、質問も合わせて時間たっぷり。これだけ時間的余裕があると、思う存分しゃべれる。  東京、米子、千葉と経巡って、仙台へ帰還。はやては満員で、Maxやまびこで2時間3分かけて帰る。


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