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ジョギング日記 5月第2週             

2006.5.13(土)

 梅雨入りでもないのに、梅雨時の天気が続く。今朝も朝から雨模様。昨日、米子から東京に戻ってきて、取材、テレビ生出演と続き、夜も遅かったので、今朝の走りもなし。今月は、走行距離が相当少なくなりそうである。

 慶応大学SFCでの「地方自治と福祉政策」の研究プロジェクトのメンバーが、「朋」に行く日である。あいにくの天候であるが、7人の学生が集まった。中には、重症心身障害者に初めて出会うという者もいる。その彼らが、もう食事介助を手伝うという。すごい適応力である。日浦美智江理事長や、生田目施設長に懇切丁寧に説明を受けて、朋が展開しているさまざまな活動を見せてもらった。得がたい経験である。ひょっとしたら、彼らの人生がこれで変わるかもしれない。人生までは変わらなくとも、人生観は変わるのではないか。

 午後は、内幸町のプレスセンターに寄って、大熊由紀子さんが主宰する「えにしを結ぶ会」に出席。残念ながら、仙台に戻る時間が迫っていたので、長くはいられなかったが、相変わらず多士済々のメンバーが会場狭しと詰めかけていた。

 会場を途中で抜けて仙台へ。8日(月)に仙台を出たのだから、5日ぶりということになる。久しぶりの自宅である。


2006.5.12(金)

 ホテル一畑を6時45分ごろスタートして、宍道湖沿いにティファニー美術館まで25分ほど走って戻ってきた。8キロちょっとだろう。「ごろ」、「ほど」、「だろう」というあいまい表現になっているのは、時計がないから。電波時計で狂いなし、太陽電池で電池交換いらずを誇っていたデジタル時計が、なんと電池切れで機能せず。このところの雨続きで太陽電池の蓄電が不十分というよりは、太陽電池のキャパシティが落ちたということだろう。つまりは、買い替え時ということ。たまたま、ジョギング時計は持ってきていなかった。よって、計時なしの走りという、まことに珍しい事態となった。こういうのも、面白がってしまう。

 走りそのものは、とても快適であった。太陽を受けてキラキラ光る宍道湖の湖面を横目で見ながら走る。シジミ取りの小舟がたくさん出ている。空は五月晴れ。これが気分悪いはずがない。疲れ過ぎを警戒して、あえて8キロぐらいでやめておいた。

 宍道湖、中海を経由して、米子に移動。昨日と同じく、12時半から14時までの講演を米子の全日空ホテルにて。このホテルは、このところ三年続いて一月の福祉セミナー出席の際に宿泊しているところである。演題も同じ、前座ありも昨日と同じ。聴衆だけが、昨日90人だったのが、今日は30人。

 米子空港から羽田に戻って、朝日新聞本社にて取材と朝日ニュースターの生出演。取材は教育基本法について、生出演は地方分権と情報公開について。今日も長い一日であった。別に疲れはない。


2006.5.11(木)

 朝、5時20分、TBSのラジオ第8スタジオに入って、「生島ヒロシのおはよう一直線」に出演。前回が去年の12月はじめの2000回記念であった。しばらくぶりになるが、やっぱりラジオはいい。風邪気味でクシャミ連発の生島さん相手に、楽しい会話が続く。一時間があっという間であった。

 スタジオから羽田空港に直行。電車のダイヤが乱れていたこともあって、ほとんどロスタイムなしで出雲空港行きの便に乗り込む。出雲空港では山陰中央新報の岡本さんのお迎えを受けてホテル一畑へ。ここで12時半から14時までの講演。例によって、15分前あたりから「前座」をしてから、本講演に突入。時間はたっぷりあったはずなのに、結局は時間が足らないという想いで講演を終えた。聴き手の想いはどうかはわからない。  


2006.5.10(水)

 慶応大学の一時限の研究プロジェクト「地方自治と福祉政策」は、今回は千葉県浦安市で「パーソナルアシスタンスとも」の代表である西田良枝さんに講師をお願いした。重度障害のある娘さんの江里さんを普通学級に入れるための奮闘ぶりから、小学校・中学校でどんなに素晴らしい出会いがあったかを説得力一杯に話してくださって、学生も大感激。一緒に聞いている私も感激しつつ、新しい視点を持つことができた。自画自賛をまたするが、こんな素晴らしい授業はないのではないかと思う。総合政策学部、環境情報学部の学生で、福祉専門でない学生だからこそ有用で必要な機会という気もする。

 午後からは、麹町会館で「地域戦略自立会議」に出席。以前は、知事中心の会議だったのに、この日は知事は岩手県増田知事、和歌山県木村知事の二人だけ。一方、「教授」は、前職が知事の北川正恭早稲田大学大学院教授と私、プラス月尾嘉男東京大学名誉教授、西村幸夫東京大学教授。教授が主力になってしまった。

 この会議の後は、「地域創造ネットワーク・ジャパン」の設立に向けての打ち合わせが、六本木にて。六本木の俳優座の裏手の廃校にNPOなどがたくさん入居しているが、その一室が打ち合わせ場所である。5月22日の設立総会では私が代表に就任する予定であるので、責任も重いのだが、具体的な活動内容などはこれから決めていく。ゼロからの出発と言うよりは、「無限の可能性を秘めた活動」と表現したほうが元気が湧いてくる。


2006.5.9(火)

 横浜の家からの往復6キロラン。片道3キロだと、東横線白楽の駅から横浜駅まで行ける。景観的にはさほどでもないが、走りやすいコースではある。

 慶応大学に出かける前に、横浜駅のホテルで毎日新聞の鈴木英生さんの取材に応じる。鈴木さんは仙台二高出身で、宮城県政の担当をやっていた時期には、我が家に何度か取材に来た熱心な記者である。昨日出版パーティーをやったばかりの「疾走12年 アサノ知事の改革白書」についての取材ということだから、本の宣伝にもなる。ありがたいこととして喜んでお受けした。

 慶応大学での授業は5週目。「政治参加論」は地方分権について論じるところにたどり着いた。三位一体改革を学生諸君にどのように理解してもらい、興味を持ってもらうかは、とてもむずかしい。出席カードに書いてもらっているコメントを読むと、それなりに理解が進み、興味も持ってもらったようで一安心。カードは196枚提出であった。前回より50枚も増えている。

 4時限の研究プロジェクト、6時過ぎからは大学院生への講義と続いた。


2006.5.8(月)

 なぜか気力がいまひとつ。走るのをやめることにして外を見たら、小雨模様である。これで、罪の意識なしで休めた。

 朝から県社協へ。取材やら表敬やら、やることがずっとあって、事務処理をしているうちに東京へ出発する時間となってしまった。6時から、恵比寿のガーデンプレイスで私の本の出版パーティーがある。「出版パーティーをやりたくて本を書いている」という時期もあったほどで、パーティーが好きである。好きというより、この集まりを契機に人的ネットワークが広がるのは、私だけでなくて、出席者みんなにとって悪いことでないと知っているからである。

 出版パーティーでは、第一部はトークセッションで、佐高信、寺島実郎、浅野史郎、残間里江子(以上、年齢順)という面々である。私の本の出版パーティーだからだろうが、最初に私へのヨイショ発言があって、その後、団塊の世代の生き方について、こもごも自論を述べる。時間が短かったが、それぞれの名前を冠した「○○節」という独特のしゃべり口がある論客である。集まった200人の方々に、それなりに楽しんでもらったのではないか。

 第二部の懇親会は、出会いの場でもある。村井嘉浩宮城県知事と前葉泰幸氏との出会いもあった。前葉氏は、昨年の宮城県知事選挙で村井さんと戦った相手である。いつかはこういう機会があるべきだとしたら、早いほうがいい。出版パーティーがそんな出会いの場になった。ともあれ、旧友あり、新しい仲間あり、私にとっては、意義あるパーティーであった。主催してくれた日本フィランソロピー協会の面々をはじめ、支えてくださった方に感謝である。


2006.5.7(日)

 連休最後の日、久しぶりに我が家で目覚めた。小雨模様であるが、三泊四日の食文化の旅で蓄積した脂肪を燃焼させる必要もあり、SMCへ。この天気でも30人の仲間が集結していた。広瀬川の堤防は、いつもより速いキロ5分38秒のペース。10人ほどの集団で話をしながらの走りは楽しいものである。来週の仙台ハーフマラソン女子に出場の上宮さんは、目標タイム1時間30分とのこと。「最初からあまり飛ばすなよ」とか、出場資格もない私たちおじさん連中が、勝手なアドバイスをしている。

 午後から、利府のグランディ21で、スペシャル・オリンピックス日本の行事に、県社協会長として出席してご挨拶。今日の仕事はこれだけで、比較的のんびりした一日を過ごした。考えてみれば、めったにない貴重な一日である。


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