浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記  6月第1週&第2週            

2006.6.9(金)

 朝から大雨である。今日が梅雨入りということだが、それに忠実な天気である。

 夕方まで県社協で執務。夜は、「とっておきの音楽祭」上映会の実行委員会の初会合であった。仙台二高の同級生である菊地昭典クンが監督・脚本を担当する。私は「エグゼクティブ・プロデューサー」、実行委員長ということだが、名前以上のことができるかどうか。ともあれ、2001年から始まった「とっておきの音楽祭」を映像化し、「音楽でバリヤを壊せ」という想いをできるだけ多くの人に伝えたい。来年3月の上映開始に向けて、まずは出発点にはついたところである。


2006.6.8(木)

 福島県の岳温泉で目覚めた朝。前日早く就寝し、6時過ぎの起床なので、ゆっくり寝たという気分である。「岳」というだけあって、走るコースはすべて上り坂か下り坂で、しかも急勾配である。そんなコースを6キロ。ゆっくりペースなので、つらくはない。

 「とうほく食文化応援団」の最終回の収録は、本宮町にあるアサヒビール福島工場。アサヒビールの高橋公成東北地区事業本部長との対談である。これで、12回のシリーズすべて終了した。ほっとするというより、寂しいという感じが残る。工場敷地内にあるビール園で出来たての生ビールを飲みながら、軽く打ち上げの会。

 夕方から県社協に戻って一仕事。久しぶりに時間が取れたので、フルキャスト・スタジアム宮城に楽天対横浜戦を観戦。0対7というスコアはともかく、楽天の4併殺という拙攻にイライラが募るゲームであった。


2006.6.7(水)

 今朝のジョギングは自粛。慶応大学での授業は、一時間目の「地方自治と福祉政策」。今日は2名欠席であるが、総じて出席率が100パーセントに近いクラスである。今日は外部講師なし。これまでのおさらいのような、頭の整理をする機会になった。

 13時半から、都心で静岡市長との打ち合わせ。来年1月の静岡市でのシンポジウムのコーディネーターを頼まれていた。どういった内容にするか、人選をどうするかも含めての相談なので、半年も前にやる必要があったのだろう。15時から、霞が関ビルで日本フィランソロピー協会の理事会。「理事会の議長を務めるぐらいしかできない会長ですので・・・」と申し上げながら、進めさせてもらった。いつもながら、会の運営についての建設的な意見が出される。フィランソロピーの言葉と運動が、企業の皆様にまだまだ浸透していないのが歯がゆい。地道に努力するしかないのだろう。

 理事会を16:44に終えて、霞が関駅に駆け込み、東京駅で新幹線の切符の変更をして、17:08のMaxやまびこに間に合った。郡山駅では、「とうほく食文化応援団」の番組スタッフが待っていてくれた。今夜の泊まりは岳温泉。そこでは、10人以上のスタッフが私の到着を待っている。私が到着するまで夕食の開始時間を延ばしてもらっているので申し訳ない。東京駅発の新幹線を30分早めたので、その分だけ待たせ時間を短くすることができた。そして、毎度のごとく、アサヒビールをたっぷりいただく夕食会ということにあいなった。明日は、12回シリーズでやってきた番組の最終回の収録である。


2006.6.6(火)

 6時10分発でジョギングへ。東横線白楽駅前、妙蓮寺駅前を経由して菊名方面への6キロ走。初めてのコースは、それだけでもエクサイティングである。いい汗を掻いて朝風呂、朝食。急いで通勤の途へ。

 白楽から横浜駅が6分、相鉄線で湘南台まで40分、そこから慶応大学湘南キャンパスまでのバスが15分。通勤のリズムが身に着いてきた。生きている、生活している、仕事しているという感じが心地よい。

 研究室で、雑誌「年金時代」の取材を受ける。この雑誌には「新・言語学序説」というエッセイを4年ほど連載しているが、今日の取材はこれとは別に、「地域創造ネットワークジャパン」に関してのもの。写真を撮るということで、キャンパスの中の池のほとりに行ったが、ここも初めてのところ。いかにキャンパスのことに不慣れなのかを自覚した。

 授業は9回目。今日の出席者はカード上は182名。中間レポートの提出期限が昨日の23:55であった。WEB上での提出なので、この時間を1秒でも過ぎると受付が拒否されてしまう。出し遅れた学生が何人か、ペーパーにして授業に持ち込んできた。いかに扱うべきなのだろうか。

 「政治参加論」の授業に引き続いて、「組織における危機管理」の研究プロジェクト、18:10からは大学院生への「ガバナンス」についてのセミナー。結構きつい日程である。その合間に、授業の出席カードのコメントを全部読んで、次回の授業のレジメを作成。お腹を空かして家に戻るのが21時過ぎという生活である。そんな生活を楽しんでいる。


2006.6.5(月)

 昼から、東京のプレスセンター・ビルで、6月14日の「日本市民会議」の立ち上げ一万人集会に関しての記者会見。その前の打ち合わせから出席した。県社協で一仕事してからの上京である。新幹線の便利さに改めて感謝。打ち合わせ、記者会見には、梶原拓前全国知事会会長、加藤秀樹「構想日本」代表、光永勇全国勝手連連合会会長、太田達男公益法人協会会長が出席。ともに、「日本市民会議」の代表世話人に名を連ねている。6月14日は、両国国技館での一万人集会と銘打っているが、なんとか5000人は集まってもらえるとうれしい。

 夕方からは、銀座で「ダヴィンチ・コード」の映画を観る。こんな大画面で映画を観るのは、何年ぶりだろう。映画そのものは、観る前から全く期待していなかった。そして、その期待を裏切らなかった。つまり、(世の中の評判ほどは)面白くなかったということ。ベストセラーの原作も読んだが、上巻の謎解きが息もつかせぬ迫力だったのに比べて、下巻の活劇もどきは興ざめだった。どうせ映画もそんなものだろうと思っていたら、上巻の「息もつかせぬ迫力」部分は映画では描き切れず、下巻の薄っぺらな活劇だけが目立っていた。


2006.6.4(日)

 寝坊してSMCには少々遅刻したが、いつものメンバーと6キロ一緒に走った。梅雨入り前の爽やかな季節をいつくしみながらの走りということになる。

 「とっておきの音楽祭」をみっちり楽しんだ。2001年、宮城県での第一回全国障害者スポーツ大会開催を記念してという形で始まったこの音楽祭。一度限りというのが、ここまで続いてしまった。23会場、204団体、1600人参加の音楽祭にまで成長したのだから、もうやめるわけにはいかない。全国にもこの流れは波及している。

 今回は、慶応大学での私の研究プロジェクト「地方自治と福祉政策」に出ている学生二名も見学に来てくれた。そのおかげもあり、今回は、みっちり見させてもらった。いつものように、「荒川ファミリー」の荒川知子さん、笙のYOUさん、ギターの小林和樹さん(「良樹」さんではありません)、瑞宝太鼓のパフォーマンスを見るのは欠かせない。県社協が運営する施設関係のパフォーマンスも大体カバーした。

 最も感動したのは、大越桂(おおごえ・かつら)さんの作詞した「手」である。桂さんは、車椅子にも坐れない重度の障害を持つ。強度の弱視でもある。気管切開しているので、声も出ない。その彼女が介助者の差し出す紙に一字ずつ書く、筆談ならぬ指談で意思を伝えることができることを、両親が知ったのはごく最近のことだという。それ以来、言葉があふれ出てくる如くとのこと。

  名取養護学校高等部二年生の桂さんの書く詩は、素晴らしい。「アルバム出して、コンサートしますので、聴きに来て下さい」というメッセージも私に伝わった。12年前、蔵王での「がんばれ共和国」という障害児キャンプで、私は桂さん親子にお会いしているという。そのことを「突破口」という題で文章にもしているという。言われて、記憶が蘇ってきた。

  5時過ぎから7時までのフィナーレも最後までしっかり見届けた。風が出てきて寒かったが、心はすっかり温かくなった。


2006.6.3(土)

 のんびり、ゆっくり起きてしまい、走るのはなし。「のんびり、ゆっくり」といっても、7時過ぎには起きている。早起きの習慣が身体に染み付いているということなのか。

 昼から、東勝山の母のところに。姉二人も一緒で、久しぶりの全員集合である。母もそこそこ元気であるが、年齢相応の弱さもある。

 そんな母にも出席してもらって、私の著書「疾走12年 アサノ知事の改革白書」の出版パーティーが国際ホテルにて6時半から開催された。5月8日には東京で開催したが、その仙台バージョンである。なつかしい仲間、200人ほどに集まってもらった。東京での会合のパネル・ディスカッションの代わりに、瑞宝太鼓の演奏が入るぐらいで、懇談が主の会であった。私としては、いい会だったと喜んでいるのだが、出席してくださった人たちにも、同じように感じてもらえるといいのだが。


2006.6.2(金)

 6時半、福山駅前のニューキャッスルホテル出発。今回も、伴走は北川進さん。福山城は、なんとも奇妙な立地条件である。駅のすぐ隣。考えてみれば、お城より後に駅ができたわけだから、福山駅の立地条件がおかしいというのが正解であろう。

  そのお城を一周して、芦田川を目指す。芦田川は全国有数の汚れた川ということを昨夜聞いていたが、確かに流れが滞っていることもあり、異臭がするところもある。周囲の景色はとてもいいので、構わず走り続ける。芦田川沿いを橋6つ分ほどいったところが8キロ地点。今日は、GPSの調子がすこぶるいいので、距離表示は正確である。ホテルまで6キロぐらいだから、北川さんの「最長不倒距離」12キロを上回る14キロになるだろうと見込みをつけた。結果は、ホテルに着いたところでの表示が、13.96キロ。40メートル分付け足しの走りをして、無事、14キロ走達成。久しぶりに気持ちの良い走りであった。

  地元福山市にある社会福祉法人「一れつ会」の創立20周年式典を30分ぐらい傍聴して、11時10分からの記念講演に臨んだ。式典が終わって講演が始まるまでの10分間には、例によって前座を務めた。12時半までの講演では、珍しく理論的な議論も展開しつつ、真面目にやらせてもらった。その後の懇親会にも出席して、福山を後にした。懇親会では、厚生省の年金局で一緒に働いた喜多村悦史さんと再会。彼は福山市出身。現在は、東京福祉大学大学院教授である。

  新幹線、航空機を乗り継いで仙台に戻る。


2006.6.1(木)

 今日から6月。世の中ではクールビズに着替えている人が出ているようだが、仙台は季節的にはまだ早いという気がするので、いつもの背広にネクタイ姿で出勤。出勤前には、思い立って、妻と近くを散歩。広瀬川沿いの新緑のみずみずしさに感動する。家のすぐ近くに、そういった自然が残っているのがうれしい。

 県社協で打ち合わせをし、船形コロニーにでの職員研修の訓示を終えて、仙台空港へ。広島県福山市での講演が明日あるので、広島空港まで飛ぶ。空港には社会福祉法人「一れつ会」の井口宣貞さんがお出迎えに出ていらっしゃった。井口さんとは、昭和62年、私が厚生省障害福祉課長の頃に、一緒に勉強をした縁である。その頃の昔話をしながら、空港から福山市内へ。福山に足を踏み入れるのは、初めてである。


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