浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記  2月第1週&2週分               

2007.2.10(土)

 読売テレビの「ウエークアップ」に出演。ホテルを7時に出るという日程なので、目の前の大阪城公園を走れないのが残念なのは、毎度のことである。今朝のお仲間は、舛添要一さん、民主党の馬淵澄夫さん、香山リカさん。辛坊治郎さんのテキパキとした司会で、硬い話題が中心のテーマを次々とこなしていくという感じ。心地よい。

 仙台に戻って、夜は、伊達篤郎さんの満96歳の誕生日のお祝い。このお年で、このお元気さ。毎度のことながら、勇気と元気をいただく。


2007.2.9(金)

 朝早く札幌を出て、大津市へ。滋賀県市町村職員研修センター内のピアザ・ホールにて、市町村の管理職トップセミナーの研修講師を務める。講師といっても、単数ではなく、富野暉一郎龍谷大学教授(元逗子市長)、西寺雅也岐阜県多治見市長との鼎談の形である。「協働から考える新しい市民自治と行政〜新たな地域公共性と人材育成」というテーマであったが、ついつい「公務員はどうあるべきか」の話をしたくなってしまう。

 研修終了後、富野教授に誘われて、琵琶湖畔の雄琴温泉で温泉に入り、会食。昔は、雄琴温泉というと、かなりいかがわしい印象であったが、今は清潔でとてもいい感じ。富野教授と裸の付き合いができたのがうれしい。


2007.2.8(木)

 日程上、時間があまりなかったが、明日、あさってと走れない日が続くので、「少しでも」ということで4キロだけ走った。こういうのは、「日課こなし的走り」、「義務的走り」、という気がしないでもない。

 仙台空港から札幌へ。大通り公園では雪まつりが開催中だが、寒くない、雪が少ない。プリンスホテルで、北海道新聞主催の政経懇話会。前座も含めて、12:15−13:45まで講演。その後、山口二郎北海道大学教授らと懇談。地方自治の現状、議会の惨状など、共感するところ大である。北海道特例のかさあげ補助金の存在に改めて注目。北海道の自立のためには、一時期は厳しくとも、返上して別な形の特例措置を設けるというのが正解であろう。彼らと一緒の夕食では、59回目の誕生日を祝ってもらった。


2007.2.7(水)

 明日が59回目の誕生日。還暦のお祝いは数え年でやるものらしいので、今日、還暦お祝いパーティーを仙台の仲間がやってくれることになった。晩翆通りのアイリッシュ・バー。五十人で一杯になるところなので、こじんまりした集まりである。プロのプロデューサーが4人も関わってくれている。そんな中で、私はエルヴィス・プレスリーの格好をさせられて、歌を4曲も歌わされた。主賓に誰かが演奏を聞かせてくれるのが本来なのに、主賓がエンタテインメントをしてどうするのだとも思ったが、皆が喜んでくれるなら、それでいいと観念した。それも含めて、忘れらない夜になった。


2007.2.6(火)

 TBSテレビ「朝ズバ」出演。話題満載。今朝はコメントの機会が多かった。司会のみのもんたさんは、風邪気味ながら、本番になるといつもの元気になるのが、不思議である。今日は、もう一人のコメンテーター、川戸恵子さんの誕生日。お年は大体のところ存じ上げているのだが、見掛けも、考え方も、活動もお若い。何歳か年下の私としても、一つの理想である。

 東京も暖かだったが、帰り来た仙台も、この季節にしては考えられないほど暖かい。冬は冬らしく、寒くあってくれないと、身体がかえって変調を来たすような気がする。


2007.2.5(月)

 昨夜というか、今日の朝というか、就寝が遅かったので、どうしようかと迷ったが、結局、8時過ぎに名古屋メルパルクホテルを出て、テレビ塔方面への往復4キロだけ走った。

 名古屋から岡崎へ。岡崎市役所の分庁舎にて、地方自治に関する講演。終わったばかりの愛知県知事選挙の結果にも触れないわけにはいかない。東国原知事の誕生、官製談合による3知事の逮捕から始めて、三位一体改革、地方議会のあり方まで、ひととおりお話しして、1時間半の講演を終えた。


2007.2.4(日)

 大津プリンスホテル6:50発。前夜の交流会で、「6:45ホテルロビー集合、琵琶湖畔を一緒に走りましょう。先着1500名様」とアナウンスしておいた。集合したのは、私を入れて5人。その中には、前滋賀県知事の國松善次さんも。國松さんは、「3キロぐらい走るかな」という感じでの走り出しだったが、私は10キロ走るつもり。今にも雨が落ちてきそうな中を近江大橋を渡り、湖畔のコースを5キロ行って反転。國松さん、二人の青年、一人の中年もついてきている。結局、國松さんは、「人生での最長不倒距離」10キロをキロ6分ペースで完走。普段、それほど走っていないはずだし、68歳という年齢を考えるとすごいことである。私にとっても、忘れられない琵琶湖畔での走りとなった。一緒に走った青年の一人は、SFCで私の授業を履修している田中俊くん、もう一人は(ごめん、名前忘れた)埼玉県秩父市から来た青年、そして中年ランナーは鹿児島市からの満園茂樹さん。彼らにとっても、「前知事」二人との走りは、忘れられない思い出になったことだろう。

 アメニティ・フォーラムでのセッションをいくつか聴いて、大津駅から京都駅経由名古屋まで。セッションの中では、「当事者が語る豊かな世界」ということで、ニキ リンコ(翻訳家)、藤家寛子(作家)のお二人が浅見淳子(花風社)さんの司会で話すのが面白かった。お二人は、アスペルガー症候群で、浅見さんは「自閉っ子」と呼ぶ。そういう浅見さんをはじめ、我々非自閉っ子は、「定型発達の人たち」ということになる。自閉っ子というのは、身体機能の不具合というか、感覚障害のようなものがある人たちなのだということを知った。会場で、お二人の対談集「自閉っ子、こういう風にできてます」を購入。これを読んで、そのことがますますよくわかった。

 名古屋では、いったんホテルで一休みして、25:20−25:50の愛知県知事選挙特集に出演。現職の神田真秋さんが三選を果たしたが、接戦、激戦、辛勝であった。この辺のことも含めて、手短かにコメントさせてもらった。ホテルに帰って就寝したのは3時過ぎになってしまった。


2007.2.3(土)

 大津での「アメニティ・ネットワーク・フォーラム」に参加。その前に、滋賀県公館にて、嘉田由紀子知事と雑誌「世界」の「浅野史郎の疾走対談」のための対談。この対談シリーズの第10回、最終回にご登場である。滋賀県職員、学者の経歴からの滋賀県知事選挙への転身。転身の必然性と、しっかりした選挙ポリシーに感銘を受けた。なるべくして知事になった方という感を深めた。

 フォーラムでは、毎回、コーディネーターを務めていたが、「街づくり」のセッションでは、川名紀美朝日新聞論説委員がコーディネーターで、私、平野みどり熊本県議会議員、佐藤進埼玉県立大学教授がパネラー。主に、千葉県の障害者差別撤廃条例に関して話した。野沢和弘さんが書いた「条例のある街―障害のある人もない人も暮らしやすい時代に」(ぶどう社)を、東京から京都までの新幹線の中で読んで、書評を書き終えたばかりで、このセッションのパネラーを務めることになった。読んでいて、涙が止まらないところが三箇所ほどあった。おかげで、新幹線の車窓から富士山を見るのを忘れてしまうほど。

 交流会を終えて、21:00−23:00のセッションではコーディネーターを務めた。眠くなるかと心配したが、そんなことはなかった。


2007.2.2(金)

 前日就寝が遅かったので、走るつもりはなかった。外を見たら、幸いにも雪である。「幸いにも」という心境は、こういう時のランナーならわかるはず。それにしても、久しぶりの冬景色である。なつかしいというか、待ちに待っていたというか。寒いのはつらいけど、冬はやっぱりきちんと寒くないといけない。雪もたまには降らなければいけない。そんな気になるほどの、今年の暖冬である。この冬はじめての降雪4センチも、午後には積雪ゼロになった。

 一日、宮城県社会福祉協議会にて執務。 文部科学省が、体罰のついての考え方をまとめたという。教室で立たせること、居残りは、「体罰」とせずに容認という方針。内容がどうのこうのという以前に、こんなことを文部科学省に決めてもらうものなのだろうか。各県教育委員会そして学校当局も、固唾を呑んで、お国、文部科学省のお沙汰待ちということでいいのだろうか。よくない。生徒に直接当たる先生方が、自分たちの全存在と教育観を賭けて、個別のケースで判断すべきものだろう。それが教育というものだし、そういった判断ができるということで、教員採用試験にも合格しているのだろう。新米の先生もいるだろうから、個々の先生に判断は任されないのなら、それぞれの学校当局が判断の手助けをしてやるべきものだろう。教育現場における一挙手一投足、箸の上げ下げに至るまで、文部科学省のご判断に従いますということなら、教育の自治などあったものではないというのが、私の意見である。


2007.2.1(木)

 如月最初の走りは、北目町、五橋から舟丁、石名坂、河原町方面への6キロ。舟丁から先は、初めてのコースである。昔からの地名がいい。石名坂というぐらいの下り坂。復路は上りになる。それでも、復路は36秒長くかかるだけだった。

 午前中は、松島の大観荘にて、新任の民生委員・児童委員75名への研修講師を務める。究極のボランティアの仕事は、福祉の新しい流れをしっかり踏まえて、しかし、肩肘張らずにということを強調しての80分。

 柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言をめぐって、野党の辞任要求、それに伴う審議拒否。政局になっている。一つだけ前向きのことがあるとすれば、少子化問題について、みんなが本気で議論する雰囲気になってきたこと。どうせなら、これを契機に、少子化対策の具体的な施策をいくつか政府がやることにするということになればいいと、樋口恵子さんが発言していた。

 


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