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ジョギング日記  11月第4週分        

2007.11.24(土)

 大阪の読売テレビで「ウエークアップ」出演。9月22日以来の出番であるが、辛坊治郎さんの歯切れとテンポのいい司会で、いつも気分いい。今回は、竹中平蔵、森本敏、白石真澄の各氏とご一緒だった。

 番組を終えて、京田辺市へ。午後から講演があるが、それまでに時間的余裕があるので、近鉄線の新田辺駅を降りて、ぶらぶら歩いて酬恩寺へ。別名一休寺。一休さんでおなじみの一休和尚ゆかりの寺である。11月末とは思えない穏やかな暖かい日差しに恵まれた。紅葉が盛りで、落ち着いた雰囲気の中でおまいりをさせてもらった。知らない町を一人でぶらぶら歩きをするのは、ついぞないことだった。本日の私の講演を知らせるポスターが町のあちこちに貼ってあるのだが、私似の指名手配犯人の写真に見えて、何度かドキッとさせられた。  


2007.11.23(金)

 勤労感謝の日だが、勤労できることに感謝をするという意味で、今日もいろいろ働いている。まずは、早朝の「朝ズバ」出演。先日のミシュランガイドで三ツ星をつけられた銀座の鮨水谷で握られたお鮨が、なんと番組に届けられた。私も大間のマグロなど5貫いただくことができた。勤労感謝の日に出演していて、本当に良かったという思いである。ただ、これだけでは足らないので、番組の反省会でいつも出るお弁当も食べてしまった。こちらは、三ツ星ではなく、うめぼしだった。

 番組終了後、新幹線で名古屋駅から江南市に移動して、尾北医師会主催の講演会へ。前の方の講演の後、休憩なしで私の講演という日程だったので、恒例の前座はできなかったのが心残り。1時間ちょっと話して、そのまま名古屋駅に逆戻り。ちょっとあわただしい動きではあった。こういう日程だと、ほとんど印象に残らない。  


2007.11.22(木)

 雲仙市小浜の春陽館で目覚めた朝。8時には長崎空港に向けて出発しなければならない。西日本なので、夜明けは遅い。有名な温泉なのだから、入らないで帰るわけにはいかない。といった状況なので、目の前が橘湾という環境で、天気は良好なのに、今朝のランニングは断念。村上春樹のランニング本を読んだ直後であるので、なおのこと、心残りが大きい。

 長崎空港内の小さな本屋さんで、村上春樹の本、なんでもいいから一冊買って読もうと思ったら。なんと一冊もない。手元に読む本がないという状況なので、仕方がない、桐野夏生の「I'm sorry、mama」を購入。彼女の作品にははずれがないことを知っている。この文庫本が出た広告を覚えていた。読み始めたら、引き込まれる。文章がうまい。人物描写が秀逸。

  羽田空港から慶応大学SFCに行って、一仕事。三田祭で休講なので、学生の姿はちらほら。高校生は健在で、バスが満員のため、タクシー利用になってしまった。

 東北地方とか、新潟あたりは11月としては記録的な大雪で、東京も気温が低いということだが、それほどの寒さは感じない。そもそも、11月から寒さを言っているようでは、これからが思いやられる。


2007.11.21(水)

 大阪駅直結のホテル・グランヴィアで目覚めた朝。天気もいいし、体調も良好。紅葉の時季に御堂筋を銀杏並木の下を走ることは、ランナーとしての楽しみの一つ。7時発で御堂筋を南下。曽根崎通りを横切って、大江橋、淀屋橋を渡り、お御堂さんを通り抜けて道頓堀まで。これで往復24分、8キロの無料の観光である。気持ちよかった。

 伊丹空港から長崎空港へ。飛行機の中で、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を読了。100キロウルトラマラソンを走破した文章には、ジーンと来るものがある。走る喜びと苦しさを知るランナーならずとも、共感できるのではないか。自分も年に一回はフルマラソン走りたいという思いが湧いてくる。「われ走る、ゆえにわれあり」といったフレーズが、実物大で納得できるのは、私もランナーのはしくれだからだろう。

 雲仙での講演を主催する雲仙市商工会青年部の城谷さんが空港までお迎えにきてくれた。雲仙市小浜の春陽館までの1時間の車の中では、エルヴィスのCDをボリューム一杯に上げてかけてもらった。エルヴィスを車の中で聴くのは久しぶりである。

 夜の講演には、コロニー雲仙の関係者の方々もかなり駆けつけてくださった。前座からフル回転。懇親会にたどり着いて、おいしい料理とビールでの楽しい時間は、9時半になっていた。取れたてのおさしみ結構、しし鍋なお結構。青年部の元気な仲間とともに、温泉の香りのする小浜の夜は更けていった。


2007.11.20(火)

 横浜の家から、妙蓮寺、菊名公園方面を回って、六角橋に戻ってくるコース。このルートは初めてである。「そうか、この道を行くと、ここに出るのか」という発見も、走る楽しみの一つである。住宅街を走るのは、景色とか走りやすさでは、自然一杯のコースには負けるので、ほかの楽しみをみつけないと飽きてしまう。

 新幹線で新横浜から京都を経由して、栗東へ。ここに新幹線の新駅ができようとしていた栗東かと思いながら駅を降りた。厚生省年金局時代だから昭和56年、そして厚生年金基金連合会時代の平成5年と、二度仕事を一緒にした島崎さんが、滋賀社会保険事務局長をしていて、昼食をご一緒した。当地の社会保険委員会の大会での講演を頼まれていた。地域づくりと地方分権の話。どういった人たちが、どういった関心を持って聴きにいらしているのか、いまひとつ掴めないところがあるので、おっかなびっくりの話の展開になってしまう。全部の方に喜んでもらうことは無理でも、何かひとつでもお伝えできればという思いでやらせてもらっている。  


2007.11.19(月)

 横浜の家から走り出したのは、6時半近くだった。1キロ走ったところで、いつもの国道1号線方面ではなく、みなとみらいを目指すことに方針転換。今朝の行動予定を逆算して、1時間は走れると考えた。前にみなとみらいを走ったのは、夏のめちゃくちゃ暑い日だったが、今回はウインドブレーカーに身を包んだいでたちである。このところ走りこんでいないので、復路は少しばて気味。復路のほうが37秒長くかかった。村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」(文芸春秋)を昨日購入。出版されたことを知って、読もう、買おうと思っていたが、なかなか機会がなかった。わが意を得たりという部分が多い。

 午前中は、地域創造ネットワークジャパンの理事会。その後、品川駅からの「こだま」で掛川駅へ。新富士駅では富士山の雄姿を期待していたが、裾野しか見えなかった。掛川経済懇話会での講演。前座も入れて2時間の話の最後のほうでは、少し疲れ気味だった。

 夜は、新横浜駅のプリンスホテルで、静岡市長の小島善吉君、彼とは静岡高校の友人で私とは大学時代同じ下宿にいた望月邦計君と会食。話に花が咲いたが、こういった友人との会食は久しぶり。忙しさの中とはいえ、人とゆっくり話すことのいかに少なくなったことか。これでは友達を減らすはずと、改めて思う。

 大阪市長選挙で現職が敗退。自民党にショックとか、民主党が勢いづくとか論評があるが、現職は負けるべくして負けただけなのではないだろうか。有権者は見ている、有権者を甘く見てはならないということを改めて思い知る。


2007.11.18(日)

 前日から、「絶対走るぞ」と思っていたが、起床時間が遅くて、仙台の街を4キロしか走れなかった。それでも、中4日休んでの走りはとても気持ちのいいものだった。

 走りといえば、今日は東京マラソンに野口みずき選手が出場した。ぜひ優勝して、北京オリンピックへの出場して欲しいと思っていたが、結果は、大会新記録での優勝で、オリンピックへの切符ほぼ手中にした。よかった、よかった。

 その走りをリアルタイムのテレビ中継で見られなかったのは、残念だった。その時間は、鳥取空港から兵庫県香美町に向かう車の中だった。兵庫県も、神戸、西宮、尼崎がある太平洋側とこちら日本海側とではずいぶん違う。鳥取空港から1時間ちょっと。悲しみ本線日本海の荒々しい景色を見ながらの行程であった。香美町では、地域振興についての講演。ここも聴衆の方々の乗りがよくて、気持ちよく話すことができた。


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