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ジョギング日記  12月第5週分        

2007.12.31(月)

 朝の天気は雪だろうと思い込んで、ゆっくり寝ていた。起きてみたら、おだやかな好天だった。身体に疲れがたまっている感じなので、まあいいかと走るのをあきらめた。結局、12月の走行距離は138キロ、2007年の累計は1489キロであった。3月(26キロ)、4月(46キロ)と、ほとんど走れなかったのに、1500キロ近い走行距離なのだから、結構がんばったと言っていいだろう。

  「3月、4月ほとんど走れなかった」というのは、都知事選挙があったから。一年を振り返るなどということは、私のスタイルではないのだが、こんな大きな出来事もあった2007年であったと、改めて思い起こしている。

 この日記も、今年の書き納め。3月19日から4月12日までは書かなかったが、それ以外の日々は、ほとんど抜けがない。こんな公開日記、なんのために書いているのだろうと思うこともあるが、習慣というのはこういうものだろう。少なくとも、ジョギングが続いている要因のひとつではある。「見られている」ということは、自分を律する契機にはなる。

 午後から、秋保温泉に両方の母親も一緒に、一家で正月を過ごすために出発。温泉で年を越すのは、初めてのことである。温泉に入って、旨いものを食べて、紅白歌合戦を見て年を越す。これも悪くない。


2007.12.30(日)

 今年最後の日曜日は、きっちりSMCへ。12月はこれで5週連続、皆勤賞である。年末ということもあるのだろう、今朝の参加者はいつもよりだいぶ少ない35名程度。キロ1分のペースの仲間が10人以上、一団となって年末の仙台を走る。仙台でも一番景色のいいコースを6キロ、冬とは思えない穏やかな天気の中をみんなで走って、楽しくないはずがない。汗をいっぱいかいて終了。佐藤東志夫さんが脱いで絞ったTシャツからは、汗が大量に滴るほどである。今日の走りで、今年の走行距離は、1479キロとなった。明日、こども病院まで往復すれば22キロで、1500キロを突破するという計算をしてしまう。

 いつもの美容室9Aで、今年最後の髪の手入れ。今年一年で白髪がだいぶ増えたが、きゅうえいさんに言わせれば、黒いのがまだ残っているだけいいとのこと。17:29分に終了。きゅうえいさん差し入れのシャンパンを持って、5階から定禅寺通りを見下ろし、17:30の光のページェント点灯と同時に「カンパーイ」。今年は、光のページェントを見ずじまいに終わるかと思っていたが、最後に間に合った。


2007.12.29(土)

 朝は雨模様で、走らず。仙台の家で、大学関係の仕事を詰めてやっていた。3時過ぎ、思い立って、走りに出発。昼の走りはめったにない。旧48号線コースを往復12キロ。もう少し長い距離を走ってみたかったが、身体が重い感じなのでやめた。世の中が真っ暗になる前に走り終えたい気持ちもあった。気温が高く、風もなく、3キロぐらい走ったところで、ウインドブレーカーの上着を脱ぎ、手袋をはずした。それでも汗だく。

 聡子が帰ってきて、夜は一緒に一杯。こうやって家族がそろうと、年末という感じが出てくる。


2007.12.28(金)

 今年最後の「朝ズバ」出演。番組自体も、今年最後であり、8時半から中国特集が1時間半ほどある長丁場。ふだんの金曜日担当でない与良正男さん、寺脇研さんもご一緒である。番組終了後に、スタジオで乾杯と年越しそば。所要10分。

 昼から仙台へ。それほど寒くない、雪のかけらもないのも、年末という感じがあまりしない理由だろうか。年末になって、パキスタンのブット元首相暗殺などという血生臭い事件が勃発した。せめて、年末年始のこの期間は、世の中は平和に安全にと願う。


2007.12.27(木)

 昨日走らなかったので、今日はぜひとも。横浜にしては寒い朝。国道1号線コースを8キロ。身体は2キロも走ると温まるのだが、手が冷たい。どこか一点でも不快なところがあると、楽しく走れない。天気予報では、「今年最後の好天」とのこと。そんな日に走れたことはラッキーである。

 新横浜から大阪へ。新富士駅の手前から、右側に出現する富士山の姿に見惚れていた。10分か15分。裾野まできちんと見える富士山を久しぶりに見た。今年最後の好天に富士山の全容を見ることができた。これもラッキー。

 読売テレビの「ミヤネ屋」出演。今年を振り返るという企画は、昨日までで出尽くしたらしくて、来年を占う漢字一字を書かされた。私が書いたのは、「崩」。縁起でもないのだが、来年の国際情勢はバランスを崩す、国内では価値観が崩れるということを心配している。予測が当たらないことを望みながら書いたこの一字である。

 東京駅に戻ってきて、日本フィランソロピー協会の忘年会に遅れて参加。横浜の家に戻ったら、パキスタンのブット元首相暗殺のニュースをやっていた。国際的な安定が崩れる前兆だろうか。地球上のこの辺の情勢に目が離せない。


2007.12.26(水)

 なんとなく気力充実せずの走り回避。仙台の天気は良かっただけに、若干の罪の意識あり。今年も残すところわずかで、あと何回走れるかわからない。

 午前中で、年賀状をなんとか書き終えて、午後からは東京へ。CSテレビの朝日ニュースターの「団塊ちゃんねる」の収録。荻島正己さんの司会で、落合恵子さん、里中満智子さん、立松和平さんとのトークが進行する。今年の所信表明では、「走る」と書かせてもらった。自分が20歳の頃とか、若者に一言というのは、なかなか言いにくい。それでも、2時間近く、テレビというよりラジオの感覚で楽しく会話させてもらった。番組では、すでに「明けましておめでとうございます」である。  


2007.12.25(火)

 長い距離を走ってもよかったのだが、6キロに止めておいた。なんとなく消化不良のような気分。昨日よりは寒い仙台であるが、それでも例年の冬と比べれば、気温が高い。雪もまったくない。汗をかきながらの冬の走りは、快感である。

 今年も年賀状準備の時期である。パソコンで作成、印刷ができるので、だいぶ楽である。いただく年賀状に文句を言ってもなんだが、「謹賀新年」と名前しか書いていないものがあるとがっかりである。一年一回の年賀状のやりとりなのだから、今どんな生活をしているのかの一端でも知りたい。知られる情報は、年賀状を出せる程度に生きているというだけでは、80円がもったいない。ということで、私の場合は、近況を知らせるメッセージつきの年賀状である。受け取る人の中には、この「ジョギング日記」の愛読者もいらっしゃるので、先刻ご存知ということなのだろうが。  


2007.12.24(月)

 天皇誕生日の振り替えで休日。仙台の家から、しばらくぶりで、旧国道48号線コース。5キロで折り返しの10キロラン。「ミヤネ屋」で毎週木曜日にご一緒する秋野暢子さんが毎日10キロ走っていることを、彼女の新刊で知ったこともひとつの刺激になった。身体が重いような感じの走りだったが、復路のほうが40秒も速い。12月の走りなのに、寒さを感じない。

 今朝のニュースは、薬害肝炎訴訟で、福田総理が議員立法での全員一律救済を図るということで大騒ぎ。突破口がみつからない中で、起死回生の手段のようにも思える。大きな前進であるが、だったら、もう3日早く思いつけばよかったのにとも言いたくなる。政府の責任をすり抜ける方策に近くもある。そもそも、どういった法律内容になるのか、まだ、誰もわからない。これからも、波乱材料が出てくるだろう。

 世の中は、クリスマス・イブで盛り上がっているのだろうか。こちらは、家族とささやかにお祝い。こういうのこそが、クリスマスらしいのかもしれない。


2007.12.23(日)

 4週連続でSMCへ。雨が降りそうで降らないぎりぎりの天気。こんな条件の日でも、40人ほどは参加している。毎回のことだが、私より一回り12歳年長の岡本幸治さんの走りに勇気づけられる。岡本さんを含めて、5,6人の集団となって、よしなしごとをしゃべりながら走るのは、実に楽しい。この季節にしては、気温が高い。走っていて、暑さを感じる。

 日ごろのご無沙汰を詫びながら、日ごろからお世話にばかりなっている親戚回りを思い立った。父のふるさと登米郡迫町は、合併で登米市になった。そこに住む親戚の家を訪ね、その後、昼食を一緒に。浅野家の開祖は、江戸時代に医者をやっていた玄益という人ということは聞いた記憶があったが、その人の碑があることは、今回初めて知った。車で案内してくれた益雄さんの名も、その玄益さんから一字もらったとのこと。その碑の現物も拝むことができ、妻とともに感激。食事の場では、昔話で大いに盛り上がった。


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