浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 8月第1&2週分         

2008.8.9(土)

 「浅野史郎さんと行く韓国の歴史と文化・食を訪ねて」というツアーで、仙台空港から韓国に出発。我々夫婦を入れて、12名のこぢんまりとしたグループである。私が、韓国観光名誉広報大使なるものを務めていることから企画された。

 仙台空港から仁川空港までは、2時間半ほどの飛行である。国内旅行と変わらない感じ。この日は水原泊まり。朝鮮王朝献上の米どころ、利川にある「松月」にて、栄養釜飯の夕食を摂るだけで、一日目は終了。


2008.8.8(金)

 夏休みでお休みのみのもんたさんがいない「朝ズバ」に出演した後、取材対応。「週刊ダイヤモンド」で、橋下大阪府知事の評価について。同じような取材を何度か受けている。私の評価は、今のところ、かなり高い。選挙での初心を貫いていること、リアルタイムの情報公開の手法が徹底していることなどが、高い評価の基本である。

 午後から、憲政記念館で、NPO法人「ふるさとテレビ」主催のシンポジウム。この法人の顧問に名を連ねている関係から、シンポジウムでコーディネーターを務める。シンポジウムの前の記念講演では、増田寛也総務大臣が20分ほどの講演。しばらくぶりに会えて、元気な活躍ぶりを見ることができた。シンポジウムは、齋藤章一(財)都市農村漁村交流活性化機構専務理事、残間里江子さん、成毛真さん、藤田和芳さんがパネラーを務めて、ふるさとをどうするかというテーマで話し合った。齋藤さん以外は、旧知の人たちなので、とても楽に話を進めることができた。  


2008.8.7(木)

 夕方から、首相官邸で「厚生労働行政在り方懇談会」に出席。本来、8月1日(金)に厚生労働省で開催されるはずの会議だったが、当日が福田内閣の改造の日にあたったために、延期ということで今日になった。延期している間に状況が変わって、事務局は厚生労働省から官邸に移され、委員も当初の5名に、新たに5名加わって10名になった。

 会議は、福田康夫首相も、冒頭だけだが出席になり、町村官房長官プラス官房副長官3人、舛添厚生労働大臣プラス副大臣2人も出席していた。結構ものものしい感じである。奥田碩トヨタ自動車相談役が座長になっての第一回会合である。旧知の岩男寿美子慶應大学名誉教授、大熊由紀子国際医療福祉大学教授が一緒というのが心強い。一人一人の発言時間が限られているので、どうしようかと思ったが、奥田座長が二回目の発言を促してくださったので、用意したA4用紙に書いた発言メモを猛スピードで読み上げた。5ページ用意したうちの3分の2はカバーできた。言いたかったことは、結局、情報公開と地方分権、そしてルールを守ること。天下りの廃止は、時間がなくて、項目だけになってしまった。


2008.8.6(水)

 紀伊勝浦のホテル浦島で目覚めた朝。世が世なら、この素晴らしい景色の海岸線を走っているはずなのだが、夏風邪用心、身の用心で、自粛。その代わりに、海のすぐそば、波の音が聞こえる洞窟風呂である忘帰洞に浸かった。あまりの温泉の素晴らしさに、帰るのを忘れたという大昔の貴人の言葉から名付けられた露天風呂だけあって、魅力たっぷりである。地上32階の露天風呂も、再度満喫し、那智勝浦での温泉三昧を終えた。

 そこから、一路、堺市を目指す。「一路」の途中に、那智の滝、熊野33札所の第一番の神社、お寺も参拝してからの堺市行きであった。更谷理事長が、自分の車で送ってくださる。ありがたいことである。

 ということで、堺市に着いて、市民会館で講演と鼎談を1時間ずつ。夏風邪から、ほぼ回復していることもあり、快調である。話の内容が快調かどうかは別にして、話していてなんの不調さも感じないという意味である。主催していただいた泉南生協の笠原優理事長たちと、堺南駅近くの居酒屋で打ち上げ。堺はすごい。5時前から開店しているお店があるのである。


2008.8.5(火)

 三重県熊野市での講演を頼まれていた。横浜から行くと、結構、時間がかかるところである。名古屋駅から紀勢線に乗り換えて3時間弱。ローカル線の魅力を十分堪能しながら、熊野市に着く。

 熊野古道が4年前に世界遺産に指定され、脚光を浴びている地域である。これを基点に、地域の活性化を図る、地域の底力を発揮する、そんな内容の講演をした後、私がコーディネーターを務めるパネル・ディスカッション。中心は、やはり、熊野古道。このほど県会議長に就任した地元選出の萩野虔一県議会議員が、パネラーとして加わってくださった。お会いするのは初めてなのだが、「浅野ファン」を名乗ってくださっていることもあり、初対面とは思えない親近感を覚える。

 なにしろ、開催を仕切ってくださった、地元のNPO法人「思いやり支援センターくまの」の更谷令治理事長が、ものすごい熱心さで招いてくださった。平日の昼間にもかかわらず、500名近くの動員を達成。すごい馬力である。その馬力で、今晩の泊まりも、那智勝浦のホテル浦島にお取りいただいた。地上34階の山上館の素晴らしいお部屋に泊まり、おいしいお料理と素晴らしい海の景色、露天風呂を満喫して、一日を終えた。さしもの夏風邪も、これで退散したようである。


2008.8.4(月)

 朝から暑い。暑い中を、横浜市にあるパスポートセンターに赴いて、パスポートを入手してきた。これだけは、代理がきかない。14000円プラス2000円の印紙を販売する男性から、「浅野知事ですか」と声を掛けられた。「ファンなんです」と言われて、写真を一緒に撮ることになった。パスポートの手続きの前だったら、証明写真に使ったのに。

 暑さが怖くて、冷房をした家の中に引っ込んでいた。それにしても、暑さが続くものである。雨が少ない。暑さのせいだけではないが、走るのは、当分控える。それが正解であろう。原稿を今日も一本。暑さにめげず、やるべきことは、やらないと。


2008.8.3(日)

 夜は、NHKの「篤姫」を、途中からだが、久々に見た。よくできている。「こういうのだったら、受信料払ってもいい」という投書があったが、そのとおり。くだらないショーや、できの悪いドラマが多い中では、まともさが光る。楽天が久々に11点も挙げて、日本ハム相手に大勝したのを確認して就寝。朝刊を読む楽しみが戻ってくる。


2008.8.2(土)

 読売テレビ「ウエークアップ」出演。昨日の組閣。当然ながら、その話題である。コメンテーター席の隣には、竹中平蔵元経済財政大臣と加藤タキさん。ゲストは、塩川正十郎さん、伊藤淳夫さん、そして橋下徹大阪府知事。司会の辛坊さんが、改造内閣に名前をつけろというから、私は「政局対応内閣」と書いた。加藤さんは「脱小泉内閣」、竹中さんは「アンシャン・レジーム内閣」だった。そもそも、改造がいつになるかさえ、福田首相は側近にも教えていない。だからこそ、北海道で休暇中で、記者会見に間に合わなくなった林芳正防衛大臣のようなことが起きてしまう。これはいい傾向とは言えないだろう。

 改造内閣ではなく、自民党内の人事である麻生幹事長が実現したからといって、内閣支持率が上がることが期待されているというのも変な話ではあるが、それはともかく、麻生幹事長の存在が、アキレス腱になる事態はないのだろうか。


2008.8.1(金)

 内閣改造が行われるという日の朝、TBSテレビ「朝ズバ」に出演。来週から、みのもんたさんは夏休み2週間ほどらしいので、みのさんと一緒の出演はしばらくお休み。そして、このタイミングで、舛添要一厚生労働大臣が番組に生出演である。この時点で、本人にも留任か、退任かのメッセージは福田首相からは伝わっていないというのは、ホントのところだろう。何パーセントかは、今日が最後の大臣職となる可能性もある中での出演は、複雑な思いだろう。前日のうちに、スタッフから、「舛添大臣の通信簿」をつけよという要請があったので、答えておいたが、本人目の前ということがわかっているのだから、心持甘い点数になるのは、やむを得ない。

 このタイミングで、もう一つ、15時から「厚生労働行政在り方懇談会」の第一回会合が予定されていた。これは、さすがに延期になってしまった。日程として、ぎりぎりここだけ空けており、自分としても、それなりの期待と覚悟をもって臨んでいたのだが、内閣改造の日にあたったということであれば、致し方ない。

 その代わりにということでもないが、衆議院議員会館で開催された「インターネット献金を推進するための勉強会」に出席。菅直人氏に声をかけられて、私も呼びかけ人に名を連ねることになった勉強会である。他に、加藤紘一、鈴木寛、世耕弘成各議員が呼びかけ人として出席していた。その他、超党派で、何人かの国会議員が参加。インターネット献金が進まないのは、制度的問題というよりも、クレジット会社が積極的でないからということは、理解できた。  


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