浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 8月第3週分          

2011.8.20(土)

ひょうたん原っぱ   

 猛暑襲来のため中止していた散歩、やっと再開できた。曇り空で気温が低いし、風もあり、散歩には絶好の天気である。岸根公園に隣接した県立武道館では、弓道の大会があるのだろうか。無慮200人の高校生が、弓を携えて、朝の7時過ぎに、ビニールシートを敷いて坐りこみ、仲間と一緒に整然と入場を待っている。その様子がとても爽やか。  前に「周回コース」と書いていたのが、「ひょうたん原っぱ」であることを、園内の掲示板で知った。一周730メートル。ネットで「ひょうたん原っぱ」を調べたら、ジョガーの間でも評判の高いコースであることがわかった。ジョガーだった頃の私だったら、こんな短い距離の周回コースをぐるぐる回るなんてことは避けたはずである。周回するなら、せめて皇居周回の5キロ、名古屋城周回の3キロ、大濠公園の2キロぐらいはないと目が回る。うってかわって、今は、この「ひょうたん原っぱ」周回が、散歩の途中にはさむコースとして、とてもいいと感じる。

 甲子園の夏の高校野球は、今日が決勝戦。節電もあるのだろう、プレイボールが9時半。今大会のこれまでの試合は、つまみ食い的に中継を見たり、ニュースで結果を知るだけだった。決勝戦ぐらいリアルタイムでしっかり見なくてはならない。白熱の接戦になるかと期待して観戦していたが、日大三高が、光星学院の2投手に猛打を浴びせて、11対0の圧勝。あのバッティングは高校生離れしている。13安打、ホームランも2本、守りでも失策ゼロ。負けた光星学院には、追い討ちのようだが、ベンチ入り18人のうち、大阪出身が10人、地元青森出身は3人だけで、試合中には関西弁が飛び交うというのは、いかがなものだろうか。県外出身選手を入れるなとは言わないが、せめて、各選手の出身中学を公表することぐらいやったら、少しは、こういう傾向の歯止めになるのではないだろうか。余計なお世話かな。そういえば、東北高校のダルビッシュ投手も、駒大苫小牧の田中将大投手も、関西出身だったしな。  


2011.8.19(金)

秋学期の授業準備   

 TBSラジオ「おはよう一直線」に電話出演。生島ヒロシさんとの掛け合いトークは、民主党代表選挙について。持ち時間6分は、とても短く感じる。短い時間で言いたいことを言い尽くすのが、しゃべりのプロなのだろうが、そこまではとてもいかない。岩手県の村田知己さんから「今朝も聴いたよ」とメールが届いた。彼は、私が出演すると、毎回メールで感想を言ってくる。6時過ぎの時間帯、いつもラジオを聴いているのだろうか。ありがたいことである。TBSラジオも感激するだろう。

 慶応大学SFCの事務室学事担当から、「2011年秋学期の講義シラバスを8月31日までに入力せよ」というメールが送られてきた。秋学期の開始は、9月末なので、開講までだいぶ時間があるとのんびり構えていたら、もうシラバス入力締め切りの時期なのである。秋学期は「地方自治論」を講義する。その全15回の授業について、毎回のテーマとその内容についてリストにするのが、シラバスに載せる授業計画である。なんとか、完成して学事担当に送った。「地方自治論」の授業は月曜日に開講される。カレンダーでは月曜日が休日になることが多く、15回の授業回数を確保するために、土曜日の補講を2回設定しなければならない。大丈夫かな。学生は土曜日でも出てくるだろうか。

 春学期、2年ぶりに教壇に復帰して、一学期間勤め上げた。体力的にも十分やれたし、2年間のブランクを感じないで授業に臨むことができたのは、うれしいことであった。学期が終わって夏休みに入ったが、早く授業に戻りたいと思うほどに、授業にはやりがいを感じている。学生が熱心なことが、一番の要因である。私も、教えることの醍醐味のようなものを実感している。体調にまだ少し不安なところがあるので、来学期も、通常の半分の授業コマ数しかこなせないのだが、だからこそ、担当する授業は一生懸命に取り組もうと思っている。

 横浜は、昼間に、雷付きのものすごい大雨が来襲した。私は自宅に籠っているので、なんともなかったが、病院にでかけた妻と義母は、帰りのタクシーをつかまえるのに、長い列で待たなければならないなど、難儀したらしい。この大雨を境に、猛暑クンは夏休みに入る。来年の夏までの長い長い休暇であるらしい。どうぞ、ごゆっくりお休みください。

 先日、SENDAIラジオ3の佐藤研さんに、「シローと夢トーク」のDJ部分を録音した器械を送ったら、あっという間に番組に編集してしまった。そのCD完成版を器械とともに、送り返してくれたのが、昨日届いた。この分の放送は、8月25日(木)18:00−18:28。インターネットでも同時に聴ける。私の計算間違いで、DJ部分の録音時間が1分36秒短い。だから、18時28分より、1分36秒早く、番組は終わってしまう。1分36秒とは、オープニングにかかる「夢の渚」の演奏時間。この部分を計算に入れなかった間違いをしてしまったというお粗末。これからは、毎月一回ぐらいのペースで、番組が放送されることになる。


2011.8.18(木)

父の命日に   

 2週間に一回のがんセンター外来受診で築地へ。タクシーを降りたところで、ばったり会ったのが、みのもんたさん。人間ドックのPET検診の予約が、やっと今日とれたとのこと。こんな偶然の出会いもある。私の検診結果は、毎度一緒で「異常なし」。これは偶然ではなく、必然である。それでも、毎回、田野崎先生の「順調です」の診断には、ほっとする。

 あえて順調でないところを探せば、身体あちこちの発疹である。出ては消え、場所を移してまた出る。今日は、下腹部に発疹がひろがっていたのを発見。今が最盛期で、これがかゆい。かくなと言われてもかゆい。田野崎先生も、この発疹がなにものか決めかねており、今日は皮膚科に回されて診てもらった。皮膚科の先生も、「かびによるものではないようだ」と言いながら、断定できず。しばらくは、今まで使っていたOHA軟膏(ステロイド含む)をやめてみて、どうなるか、様子をみようということになった。ほんとに不思議な、きまぐれな発疹である。かゆいだけで、命に関わるようなものではないので、心配はしていない。ただ、かゆい、かゆい、かゆい。

 昭和56年8月18日に、わが父輝雄が65歳で亡くなった。今日が30年目の命日である。腎不全から尿毒症を起こしたのが直接の死因であるが、遠因としては、高血圧があった。亡くなった時には、「65歳は、若過ぎる。死ぬのは早過ぎる」と言われた。私がATLを発症したのは61歳であり、「こんな病気で死んでたまるか」と思うのと同時に、「親の死んだ年齢(とし)より早く死んでたまるか」という思いも重ねていた。父としては、65歳の「若さ」でこの世を去るのは、無念だったろうし、悔しかったろう。「若くして」死ぬか生きるかの大きな病を得た息子として、父の無念さを実感として受け止めることができる。


2011.8.17(水)

加齢に伴う現象か   

 朝、5時40分発で散歩へ。この時間だと、暑くない。岸根公園の周回コースを歩いてみたら、一周に7分半かかった。今は、大体1分で100メートルぐらいのペースで歩いているので、このコース一周は、約700メートル。8月7日の日記に、「ざっと見で300メートル」と書いたが、その2倍以上である。平日のこの時間、コース上には、「ざっと見で」ジョガー、ウオーカー、それぞれ20人ずつといったところ。45分の散歩は、手応え、いや足応え十分であった。

 メル友であり、エル友であり、広い意味での病友でもある菅原知代子さんからのメールで、昨日、8月16日がエルヴィス・プレスリーの命日であることを思い出した。命日を忘れていたわけではない。数日前から、十分に意識していたのだが、そのことを日記に書くのを忘れてしまった。過去の日記でも、記述のある年とない年が、だいたい一年おきである。エルヴィスの命日のこと、ちゃんと日記に書くほどには覚えているはずなのだが、つい失念してしまったことに、小さなショックを感じている。「加齢に伴う特有な現象」なのかなと疑うから、ショックなのである。

 「加齢に伴う現象」か、そうでないのか、決めかねているのが、頭髪が戻ってこないことと、耳の聴こえの悪さ。放射線照射で失われた頭髪が、徐々に回復の様子を見せていたが、どうもそのスピードが鈍っている。「これで打ち止め」ということは、信じたくない。あくまでも、放射線照射の副作用なのだから、放射線の影響が消えていけば、頭髪は元に戻ると思いたい。鏡に映るわが頭髪を眺めながら、複雑な思いが交錯する。耳の聴こえも同じこと。放射線の影響だから、聴力はいずれ回復すると思っているのだが、ひょっとして、「加齢によるもの」ではないかという疑いが胸をかすめる。そんなことを考えながら、エルヴィスの歌声を聴いていた。これは、ちゃんと聴こえている。


2011.8.16(火)

津市長の訪問   

 午後、三重県津市の前葉泰幸市長が来宅。前葉さんは、私の宮城県知事時代に総務省からの出向で、企画部長、総務部長を務めた。私が知事を辞めた後の知事選挙に出たが、当選できなかった。これには、私も責任を感じている。その彼が、今年の4月、ふるさと津市の市長選挙に立候補し、見事当選。その後、会うのは、初めてである。

 市長就任のあいさつということなのだろうが、既にして、自信満々で市長職を務めている様子で、実に頼もしい。私も先輩顔して、いろいろ助言らしきことをしたが、そんなものがなくても、前葉さんなら、立派に市長を勤め上げることを確信している。やりがいのある仕事なのだから、堂々と、たくましく、有意義にやれることだろう。49歳の若き市長のこれからの活躍を期待したい。

 夏の全国高校野球の甲子園、すごい戦いが連日続いている。広島県代表の如水館は、1点差で迎えた延長12回裏に逆転サヨナラ勝ち。これで3試合とも延長戦を制してのベスト8入りである。昨日の試合では、横浜高校が4対1で迎えた9回、智弁学園に一挙8点を挙げられ、逆転負け。「こんなことって、あるのか」と思えるような劇的な試合が多いのが、今回の大会の特徴である。今日の4試合は、私の予想したチームが全部勝ったので、その意味では、「順当」ではあるのだが、試合の中身がすごいということである。


2011.8.15(月)

66回目の終戦記念日   

 終戦記念日。戦後66年経っても、夫を戦争で亡くした妻にとっては、まだまだ生々しい記憶だろう。日本全体としても、完全な過去になっていないし、忘れ去っていいものではない。中国、北朝鮮、韓国などからは、いまだに、日本の戦争責任を問う声が聞こえる。こちらが忘れようとしても、これらの国の人たちは、決して忘れない。この日が来るたびに、なぜ、こんな無謀な戦争を起こしてしまったのか、日本人一人ひとりが、真剣に問い直すことが必要である。二度と、このようなことを繰り返してはならない。そのことを世界に向かっても発言すべきである。

 靖国参拝をめぐって、今年も賛成、反対双方から、批判、非難の声が飛び交う。首相と全閣僚が靖国参拝をしない方針を示したことに対し、石原慎太郎都知事は「あいつら、日本人じゃないんだ」と批判したと報道されている。そこまで言う必要はないが、靖国参拝が毎年議論になること自体は、日本人にとって、問題を考える契機になるという意味で、悪いことではない。昭和の戦争を風化させない、戦争の歴史に思いを馳せるということは、靖国参拝の是非とは関係なしに、大事なことであるから。そうやって考えた末に、自分の良心にしたがって、一人ひとりが、判断して行動すればいいだけのことである。


2011.8.14(日)

大震災と向きあう自閉っこ   

 散歩の中止が続いていた。せっかく筋肉が回復途上だったのが、元に戻ってしまう。休み癖がついてしまうのも、まずい。今朝は、6時半過ぎに自宅を出て、散歩決行。6日ぶりである。幸い、曇り空で、ギラギラ太陽でない分、暑さは抑えられている。岸根公園の周回コース上には、先週の日曜日より多いジョガー、ウオーカーの姿がある。50人+50人ぐらいだろうか。確かに、木陰はあるし、格好のジョギングコースである。いずれの日にか、私もここを軽やかにジョギングしたいものである。

 ぶどう社から発達障害関係の書籍を2冊取り寄せた。「私たち、発達障害と生きてます」と「漂流する発達障害の若者たち」である。来学期の福祉の研究会のゲストとして、アスペルガーの本人に来てもらいたいと考え、ぶどう社の市毛研一郎さんに相談したところ、高森明さんを紹介してもらった。この2冊とも、高森さんの著書である(前者は7人の共著)。知的には相当高度の能力があるが、対人関係がうまくないとか、極端に不器用とか、他人の指示が理解できないとか、特有の不自由さを持つのが、これらの本に登場する発達障害の人たちである。アスペルガー、ディスレクシア、ADHD、高機能自閉症など、いろいろな診断がされている。そういった発達障害を持つ本人が、生きていくことの困難さと、その克服の過程を、これらの本の中で自ら語っている。読んでいて、「なるほど、そうなんだ」と改めて気づかされることが多かった。

 2冊に加えて、「大震災 自閉っこ家族のサバイバル」(高橋みかわ編著)も送られてきた。東日本大震災で被災した、学齢期の自閉症の子どもを抱えた家族の奮闘ぶりが、母親の文章で綴られている。同じく自閉っこを抱える被災家族同士で励ましあっているが、これが被災を乗り越えるための大きな力を与えている。印象的なのは、ふだんはパニックに襲われることが多い自閉症の子どもが、避難所暮らし、食べ物が少ないこと、お風呂に入れないこと、などの不自由さを、おとなしく受け入れているのは、母親も驚くほどである。被災の事実をちゃんと理解しているからだろうと、母親は自閉症の子どもの能力に改めて驚くのである。

 同じく被災した近所の人、学校関係者、医療機関などが、自閉症のことを理解して、家族に対して最大限の支援をしてくれている姿も感動的である。ふだんから、自閉症の子どもが地域の中で生活していることが、こういった支援につながっている。自閉症も発達障害の一つであるが、ここに登場する自閉っこは、すべて重い知的障害も抱えている。そんなむずかしさの中でも、震災を乗り越えていく姿に、驚く。むしろ、被災を契機に、彼らが進歩、成長するところも見て取れる。登場するのは、仙台市や石巻市など、すべて宮城県の人たち。こんな早い時期に出版するという、ぶどう社の市毛さんの離れ業にも感心しながら、読ませてもらった。  (ぶどう社 電話03−5283−7544)


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