2011.12.10(土) 熱発でした
昨日、発熱して、一日、寝ていた。日記もお休み。珍しいことである。発熱は、このところ、2ヶ月で3回目であるが、日記を休むのは、めったにないこと。昨日2件、今日1件の出席すべき行事、仕事があったが、ドタキャンをせざるを得なかった。主催者には、申し訳ないし、自分としても残念である。一日寝ていたおかげで、回復は早かったが、これまで以上に、身体には気をつけなければならないことを、思い知った。
ということで、今日も一日、何もせず、ゆっくりしていた。外は、寒いらしいので、こういう日は、家にこもっているのが、何よりなのかもしれない。
2011.12.8(木)
開戦記念日に がんセンターでの外来受診の日。まず、採血、採尿を済ませる。採血する看護師の胸の名前に見覚えがある。「穂積さんだ!」。「浅野さんだ!」。18階に入院していた時の看護師さんと、ここで再会。時々、採血のお手伝いをするが、その時に昔の患者さんが元気にしているのに会うと、とてもうれしいということだった。私もうれしいし、なつかしいが、病棟には二度と戻りたくはない。
その後、CTの全身撮影。その結果も含め、検査結果、診察結果では、基本的に異常なし。炎症反応を示すCRPの値が0.28(正常上限0.1)と高めだが、田野崎医師としても、原因はよくわからず、様子を見るとのこと。CTでの所見では、肺の何ヶ所かに、輪郭がはっきりしない小さな影が指摘された。これも、これから大きくなるとは思えないが、様子を見るとのこと。服薬については、これまでどおりで変わりなし。次回は、22日で、今年の外来受診の最後となる。
70年前の今日、真珠湾攻撃で太平洋米戦争が始まった。なんたる無謀な開戦をしたものだ。政府の中枢に人材を得られなかったゆえに、軍の暴走を止められなかった。その愚挙により、数百万の尊い命が失われ、国民は塗炭の苦労を強いられた。あれから、70年。当時、20歳だった人は、生きていても90歳である。戦争のおろかさの語り部は、いなくなってしまう。NHK朝のドラマ「カーネーション」では、主人公の夫が出征していく場面だった。先のストーリーを言ってしまえば、彼は戦死して、妻と三人の子どものところには戻ってこない。そういう悲劇の何百万倍が、太平洋戦争で起きた。政府の中枢に人材が得られないということでは、今も変わらない。悲劇でも、喜劇でも、国民が翻弄される事態だけは避けたいものである。
2011.12.7(水) 紅葉のキャンパス
天気予報では、一日中曇り空だったが、昼前は日が差していた。その機会を逃さず、 11時過ぎに散歩に出る。12月で、この暖かさならありがたい。32分の散歩で、ありがたさを満喫した。
午後から、慶応大学SFCキャンパスへ。来学期の授業出講をどうするかの相談で、大学の診療所で辻岡医師と面談。週4コマの授業は、問題ないとのご判断をいただいた。来学期は、これまでの2倍の授業になる。楽しみが2倍になるのだから、うれしい。3時からは、学内で教員会議。清家塾長が出席になり、長めの挨拶と現況説明があった。質疑の機会があったので、私からは、9月入学の問題にどう取り組むか尋ね、就職活動の解禁時期をもっと遅くすべきことに、大学全体として取り組んで欲しいと要望した。
キャンパスは、例年より遅めの紅葉の時期。光に映えて、美しい。キャンパスが、赤と黄色の衣装をまとって、さらに美しさを増す季節。こういうキャンパスで仕事ができることは恵まれていると、改めて実感する。
2011.12.6(火) 民主党の足元ふわふわ
朝から寒い一日。昼過ぎからは、冷たい雨が降ってきた。今日の散歩は中止。今朝の計量では、58.7kgを記録した。最近、間食が多いせいか、体重が増え気味。これで散歩の中止が続けば、ますます増えるだろう。心せねば。
臨時国会が、終盤を迎えている。野田政権の足元を固める機会になることを期待したが、相変わらず、ふわふわしていて、足元が固まらない。増税批判を怖がって、復興財源のための増税期間を25年という超長期に設定した節操のなさ。自民党と公明党に妥協し、ふわふわ状態。首相が消費税引き上げに決意を持って臨んでいるのに、民主党内では、またまた小沢一郎氏が党内で「消費税引き上げ反対」の署名を募るなど、分派的行動をとっている。責任政党の行動とは思えない。党内ふわふわ、浮き足だっている。TPPに関しても、党内での議論が煮詰まらない。ふわふわ浮き上がりっぱなし。そんな中で、野田首相は、一川防衛大臣を、辞任させないというカードを切ってしまった。これだけは、退路を絶ったような決断だが、野党がつけ入る隙を自ら作り出してしまったのではないか。先行き、困難を乗り越えられるだろうか。大いに案じている。
2011.12.5(月) 二人のゲスト、それぞれの成果
慶応大学SFCへ。一昨日、補講で行ったばかりである。タクシーがSFCに着く直前、真ん前に、大きな富士山の姿が現れた。雪を冠した美しい山容、今年初めての富士山に圧倒された。富士山大好き人間としては、言うことなしの一日の始まりである。
「地方自治論」の授業の出席者は、101人。一昨日の30人とは様変わりである。今日の授業は、「地方自治体の職員」がテーマである。宮城県東京事務所の若生康則さんにゲストとして来ていただいた。ひとわたり、経歴を紹介してもらうところから、話を始めてもらったが、2,3年ごとに異動した一つ一つのセクションでの仕事の内容と、そこで経験したことを、詳しく話してもらったのがよかった。学生からは、前回授業で、「地方自治体の職員に、どういったイメージを持っているか」を書いた宿題を提出してもらっていた。若生さんの話が一段落したところで、宿題から引用したイメージを私からぶつけてみた。「5時になったら、さっさと帰宅する」、「融通が利かずに、堅い」、「法律と条例を守るだけで、頭を使う仕事はやっていない」などなど。その一つ一つに、若生さんから、「実態は違います。私たちは、世の中のためにがんばっています」といった反論がなされた。授業後に提出してもらう出席カードの記述には、ほとんどの学生が、「自治体職員のイメージがまったく変わった」と書いていた。10人近くが、「私も、就職先として、公務員を考えたい」とあったのには、私もびっくり。そういう意味では、今日のゲスト招待は、大成功である。
午後からの福祉ゼミでは、今学期最後のゲストとして、高森明さんにおいでいただいた。高森さんは、アスペルガー本人である。自閉症スペクトラムの中で、高森さんのケースは、もっとも能力が高いところに位置している。それでも、耳からの指示が入りにくいとか、場を読めない、一つのことに集中すると、新しいことを言われると混乱するなど、さまざまなやりにくさ、生きにくさと格闘している。講義を聴いた学生の感想は、すべて、「高森さんのどこに障害があるのか、まったくわからない」というものだった。一方で、「生きにくさ」を抱えて生きていることには、新しい気づきをさせられたようだ。私も、いろいろ考えさせられるところがあった高森さんの話である。
2011.12.4(日) 川内優輝選手、福岡国際マラソンで日本人1位
ここ数日の荒天と打って変わって、今日は好天である。雲ひとつない青空の下、久しぶりの散歩を楽しむ。日の光はあるものの、吹く風は冷たいが、なんのこともない。岸根公園では、車椅子、乳母車、一輪車、豆自転車が目に付く。そんな中で、ビニールシートを敷いて、家族でピクニックランチを摂っている人たちもいる。外でのランチには、ちょっと寒いのではないかと思うのだが、楽しくやっているようなので、文句はない。初冬の日差しの中、思い思いに楽しんでいる姿が岸根公園にはある。私もその一人。こうやって、楽しめる境遇に、改めて感謝である。32分の散歩を、こう締めくくる。
散歩から帰って、今度は福岡国際マラソンをテレビ観戦。お目当ては、もちろん、「市民ランナーの星」川内優輝選手である。埼玉県庁の職員で、練習時間を確保するのに苦労している選手が、オリンピックを目指すなんて、それだけでウルウルきてしまう。そして、終盤の今井正人選手(トヨタ自動車九州)との息詰まるデッドヒート。川内選手は、25キロ地点あたりから、すさまじい形相で、苦しそうに走っていた。「これで最後まで持つのだろうか」と不安になるほど。一時は、今井選手など3位グループに100メートル以上離されていたのを、37キロ地点で追いついて、40キロ近くからは今井選手との日本人1位争いである。最後の最後で、今井選手を振り切って、川内選手が日本人1位、全体3位でゴールをした瞬間を見て、さらにウルウルになった。川内選手は、ゴール直後に倒れて、しばらく立ち上がれない。見ているこちらは、そのまま死んでしまうのではないかと心配になるほどだが、これが毎回のことで、川内選手の「持ち味」になっている。つまり、文字通り死力を尽くすのである。
見ているだけで、感動を呼ぶ川内選手の走り。今回の優勝者はケニアの一般参加のジョセファット・ダビリ選手。3位の川内選手と2分21秒差。これで初マラソンというから驚く。2位もケニア選手。日本選手がオリンピックに行っても、こんなケニア勢に勝てるはずがないだろう。「モノが違う」ということ。それでも、川内選手には、オリンピックでケニア勢と勝負して欲しいと思う。埼玉県庁の職員がオリンピックのマラソン出場だけでも、快挙である。
2011.12.3(土) 風雨の中の補講
朝から雨が降り、風も強い。そんな中、月曜日が休日に当たったために、土曜日に補講をするため、慶応大学SFCへ。寒さ対策で、オーバーを着込んでの出勤。「地方自治論」の授業、事前にSAの神野翔君と「何人出席かな」と話した時には、二人とも、「30人」という予想だった。通常は、100人前後の出席者のところ、土曜日の変則授業に雨と風が重なって、結果はぴったり30人。30人を教室の前のほうに招き寄せて、いつもどおりの講義をした。「自治体の危機管理」ということで、災害対応と不祥事について。後者については、談合、「天の声」、ゼネコン汚職、裏金づくり、カラ出張、役得といった用語に、学生がショックを受けたようである。
午後からの研究会の出席者は、4人だけ。仙台の「つどいの家」が制作したDVDを見てもらった。重度の障害者の4つのケースが紹介されている。「つどいの家」のスタッフの支援を得て、それぞれが、いろいろなことをできるようになっていく様子を追った記録である。4人だけの出席者、それぞれが、今日の授業でも、それなりに得るものがあったと思いたい。
一川保夫防衛大臣の辞任が秒読みである。今日ぐらいの段階で、首相による決断で、「自主的」か罷免か、どちらかの形で辞任があり得ると思っていた。9日には、野党から問責決議が出される模様である。辞任は免れない情勢なのだから、追い込まれての辞任ではなく、早めに決めたほうがいいのだが、どうだろう。それにしても、辞任なり問責の理由が、就任時の「私は素人」発言、ブータン国王夫妻歓迎の宮中晩餐会の欠席、沖縄防衛局長の「暴言」、沖縄少女暴行事件についての「詳細は知らない」発言、四件のいわゆる「合わせ技」での「一本」である。一つひとつでは、理由に乏しいが、「合わせて一本」なら辞任が適当というのも、ずいぶん「適当」だとは思うのだが、どうだろう。
2011.12.2(金) 就活スタート
12月になった。師走であるが、今の世相では、12月になって、師(先生)が走るのではなく、弟(学生)が、就職内定を目指して走り出すから「弟走」である。12月1日をもって、大学3年生の就職活動が解禁になった。就職活動=就活(シューカツ)の時期は、大学で教鞭を執る師にとっては、いやな時期である。「来週の授業は、シューカツで休みます」と言ってくる学生が相次ぐ。「シューカツと授業と、どっちが大事なんだ!」と言いたくなるが、来春卒業予定の大学生の内定が、10月1日時点で6割という数字を知ると、口をつぐんでしまう。今春の大学卒業生の就職率は、過去最低の91%。大学を出ても、1割は就職できないというのは、大きな問題である。大学三年生は浮き足立ち、就職できなかった四年生は、世間をうらむ。「こんな世の中に誰がした」とうらみたくもなるだろう。そういった学生を相手に、師は、明日の土曜日も授業をする。
昨日に続いて、雨模様で、気温は低く、「真冬並みの寒さ」である。師走どころか、師歩もできない。真冬並みの寒さだから散歩中止ということであれば、真冬は散歩はできないことになる。真冬には、「季節はずれの暖かさ」の日を選んで散歩にあてることになるのだろうか。
2011.12.1(木) 「相棒」にATLが登場
暖かい11月が終わり、12月に入ったとたんに、手のひらを翻したが如く(ふつう、こういう表現は使わない)、寒い冬になった。「晩秋から初冬への季節の変わり目」といった文句を、お手紙に書いていたのだが、そのとおりになってしまった。寒さに加えて、雨模様ということもあり、今日の散歩は中止。
昨晩のことである。テレビ朝日の「相棒」を見ていたら、「HTLV-1ウイルス」、「成人T細胞白血病」というセリフが登場人物から発せられた。加藤(柴俊夫)というバイオ化学の研究者のセリフである。加藤と妻が、外国で研究中に、妻が急死するが、その病名が成人T細胞白血病。加藤は、娘には「妻は食中毒で死んだ」と説明していた。それは不自然だと思った娘は、父親が母親を殺したのではないかと疑いを持つ。なぜ娘には真実を告げなかったかを加藤が杉下警部(水谷豊)に説明する中で、「娘がHTLV-1ウイルスに感染していることを、娘に知られるのを避けたかった」という。その後「感染しても、必ずしも病気が発症するわけでもないのだから、やっぱり娘には告げよう」といったセリフがあった。このセリフを聴いて、「あれっ」と思ってしまった。
この表現だと、「感染者は、ふつうはATLを発症するのだけれども、しない例もある」ということになり、視聴者は、「感染者の半分ぐらいは、発症する」と受け取るのではないか。また、HTLV-1ウイルスは、母乳を通じて、母子感染するとしても、実際に感染するのは、20%ぐらいなのだが、加藤は「娘は感染している」と決め付けているようで、これも実態と離れている。視聴者の中にHTLV-1陽性の人がいたとしたら、いたずらに不安を与えることになるのではないかと、心配になってしまった。
そんな心配を番組作成者に伝えておいたほうがいいだろうと思って、今朝、テレビ朝日の「視聴者窓口」に電話してみた。電話に出た女性が、私の話を14分間も熱心に聴いてくれて、「ご趣旨、必ず番組担当にお伝えします」と対応してくれたのには、感心してしまった。そして、この経緯を、私がATL治療で最初に入院した、東大医科学研究所付属病院の内丸薫医師に電話でお伝えした。内丸医師の反応は、「教えていただいてありがたい」ということと、「ドラマの中にHTLV-1ウイルスが登場するようになったのか」という感慨であった。
番組制作者に文句をつけたいのではない。むしろ、ATL、HTLV-1のことが、人気番組の中に登場してくることに、「よくぞ、話題にしてくれた」と言いたいのは、私も内丸医師と同じである。私の心配は杞憂かもしれないが、誤解を呼ばないように、もっと正確に伝えてくれたら、なおよかった。「相棒」は、義母と光子のお気に入りで、彼女たちは、ほぼ毎週見ている。私が見るのは、年に1,2回。その稀有な機会に、ATLに出会うなんて、これも奇縁であろう。
以前のジョギング日記はこちらから
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