宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

宮城県知事選挙を終えて

浅野史郎   宮城県知事選挙が終わった。11月1日告示、11月18日投票。投票の結果は、53万票余で、得票率83%。次点の候補者の獲得票数は8万8千だから、大勝と言えるだろう。投票率が35%と、宮城県の知事選挙としては史上最低だったのは残念だが、これは候補者の努力ではいかんともしがたい部分と、あきらめるしかない。

 振り返って、悔いることも恥じることも全くない、心底気持ちのいい選挙であった。「現職らしくなく、しかしアサノらしく」という選挙を心がけたが、選挙対策本部の面々が、このことをかたくなに守ってくれたのがうれしい。政党、団体の推薦を受けないのは、前回選挙と同様。これに加え、選挙費用は1000万円以下でという、現職知事としては破格の低予算も、どうやら達成できたようである。

 「県民一人ひとりが主役の選挙」というのも、前回選挙と同様の願いであった。有権者に参加の契機を用意することには工夫が必要である。百円カンパ、勝手連、ポスター貼りは、前回選挙で経験済みであるが、今回初登場は手づくりポスターであった。通常のポスターに絵を書くスペース(Aタイプ)、字を書くスペース(Bタイプ)を残して、県民の方々に手づくりポスターを仕上げてもらおうという試みである。私自身のアイディアであったが、うまくいくかどうか、半信半疑であった。これがうまくいった。1000枚を越える手づくりポスターが宮城県内の掲示板を飾ることになった。

 ちっぽけな選挙スタッフで、県内各地を走り回った。私自身、文字通り走り回るために、足元はジョギングシューズで固めた。服装は、当然ながら、背広にネクタイというわけにはいかない。ラフなジャケット姿である。候補者名を書いたたすきを肩にかけるという伝統的スタイルも、今回は遠慮させてもらった。

 車座集会を重視したのも、今回の特色である。リクエストに応じ、出前講座を候補者が行なう。「口は一つ、耳は二つ」と言いながら、話すよりも聞くほうを重視した。1回20分ぐらいの超特急の集会なのだが、なんとこの車座集会が140回を越えた。情報のシャワーを浴びたようなもので、知事になってから、このシャワーが血となり肉となって生きてくる。そう信じて一生懸命こなしたのだが、きっとそうなるはずである。「選挙を通じて知事になる」ということの実践版である。

 今回の選挙では、全行程を妻光子が同行した。「夫婦二人三脚、男女共同参画型選挙の実践です」と言いながら、街頭演説でも、時々は光子にも話す機会を持ってもらった。私が話している間の妻による握手作戦も、効果があったように思う。

 妻も交えたちっぽけな選挙スタッフは、県内の過疎地、離島を好んで回った。白石市のかなり奥にある集落では、全く予告なしに行ったのにもかかわらず、ほぼ全員が外に出てきた。一人の高齢女性は、光子の手を取って、「光栄です、光栄です」と涙を流していた。知事選挙の候補者が、ここまで来ることはとても稀なことだったことを思わせるエピソード。

 離島も、塩竃市の桂島、野々島、寒風沢島、朴島に上陸し、それぞれの島で住民の声を聞かせてもらった。特に印象に残ったのは、朴島。人口18人。3年前から、投票は隣の島まで行かないとできないことになった。そんな厳しい条件の島でも、元気に暮らしている人達がいる。こういった人達に県政として、何が必要なのだろうか。何ができるのだろうか。候補者として来たからこそ、そんなことを考える契機を得ることができた。

 牡鹿町の網地島、石巻市の田代島、気仙沼市の大島にも渡った。選挙で渡るのは初めてである。大島は、毎年4月のつばきマラソンを走りに来るのだが、選挙で来るのは全然感じが違う。夜すっかり遅くなった大島を選挙カーで走り回り、ご支援をお願いした。例年つばきマラソンで走るコースをたどりながら、来年もまた走りたいという思いを新たにした。

 こうやって県内各地を回った選挙が終わった。朝から晩まで、食事は全て走っている選挙カーの助手席で超特急で済ますという、非健康的な生活。それでも、とても気持ちよく楽しく17日間を戦うことができたのは、選挙スタッフのメンバーの獅子奮迅の働きと、選挙事務所のスタッフの心遣いがあったからである。

 「当選」で終わった選挙だからこそ味わえる醍醐味の中で、3期目、精一杯がんばろうの決意も同じに湧きあがってくる。



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