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朝日新聞 2002年11月19日
《私の視点
》から

デフレ対策
地方を元気づけるメッセージを


 政府が10月30日に決定した「改革加速のための総合対応策」、いわゆる総合デフレ対策には、不良債権処理の加速策や雇用・中小企業対策などのセーフティネット(安全網)整備が盛り込まれた。しかし、県知事として地域経済の失速を懸念する立場からは、大いに不満が残る内容だ。

 対策のメニューを見ると確かに盛りだくさんではあるが、これで「さあ行くぞ」という気持ちになる地方の中小企業がどれだけあるかとなると大いに疑問だ。景気回復にかける政府の決意は伝わらず、誤解の余地のない決定的なメッセージも読み取れないからだ。

 問題は政策の優先順位のつけ方にあるのではないか。総合デフレ対策とうたいながら、どうして不良債権処理策が前面に出てくるのか。そのことが地方の中小企業の企業マインドにどれだけ負の影響を与えているか、考えたことがあるのだろうか。順位のつけ方は明らかに間違っている。

 画期的な技術開発に取り組む、ある地元企業の社長と、県にどんな支援策を求めるか話し合っていた時のことだ。社長の要請は、設備投資のための資金援助ではなく、銀行に貸しはがしを迫られたら守って欲しい、ということだった。

 私は思わず、その社長の顔をじっと見つめてしまった。事業を始めるに際し、都市銀行を中心に融資を受け、現在も数十億円の残高があるという。「事業に自信あり」といっても、不良債権処理の加速を声高に叫ばれると不安が募るのだろう。地方の中小企業に憂慮の種はつきないのだと、慄然としてしまった。

 宮城県内の優良企業をみても、収益が出れば債務の返済に回し、新たな企業展開のための設備投資をしたり、新規事業に向けて資金を回したりはしていない。商店街も将来どうなるかわからないという思いの中、店舗の改装などにはとても踏み切れない。どこもじっとしているに限るという発想に凝り固まっている。

 今回のデフレ対策が掲げるセーフティネットの整備だけでは、状況の打開にはつながらない。例えば中小企業向けに金融対策をするといっても、そこで借りた資金はいずれ返さなければならない。返済する間に企業を再生しなければ、次の展望はない。雇用対策も同様だ。失業手当は支給されても、支給期間中に次の仕事が見つからなければ、いずれ立ち行かなくなる。

 思いきった規制緩和がもう一段必要なのに、構造改革特区構想に対してさえ、各省庁から「できない」「だめだ」の声が一斉に聞こえてくる。減税にしても「いずれ増税で辻つまを合わせる」では、企業も個人もこれまでの行動様式を変えるのは難しい。銀行に何兆円もの公的資金をつぎ込むのなら、その分を純粋に減税に回せばいいではないか。

 地方経済の回復を果たすためには、実体経済の再生が不可欠だ。何よりも企業マインドを奮い立たせることが重要だ。

 政策担当者に求められるのは、不良債権処理の推進による不安喚起ではない。カギは需要創出による産業や企業の再生にこそある。全国の地方、地方で意欲を持って汗を流し挑戦する者を元気づける明確なメッセージを、いまこの時に強力に発信することである。

 


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