浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

2012年9月23日
毎日新聞
《今週の本棚

執筆原稿から

この3冊

浅野 史郎・選
@エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー(前田絢子著/角川選書/1680円)
Aエルヴィスが社会を動かした(マイケル・T・バートランド著、前田絢子訳/青土社/2940円)
Bエルヴィス・プレスリーアルバム随想(湯川れい子著/アニカ/2100円)

 歌のうまい歌手はたくさんいる。その中で、エルヴィス・プレスリーの歌のうまさは、群を抜いている。しかし、歌のうまさだけで、「エルヴィス現象」は説明できない。「我々アメリカ人は、エルヴィスの死により、国の一部を失った。彼はアメリカの活力と反骨精神、善意の象徴であった」という弔辞をジミー・カーター大統領は、42歳で急死したエルヴィスに捧げた。大統領にこれほどまで言わせるエルヴィスとは、何者なのか。「エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー」では、エルヴィスが何を成し遂げ何を残したのかについて、当時のアメリカの社会状況の分析も含めて描かれている。

 デビュー直後から、あっという間に人気絶頂に到達したエルヴィスだが、その後のドラマ性に富んだエルヴィス・ストーリーが、この本では展開される。最愛の母グラディスの死、妻プリシラとの離婚、体調不良、エルヴィスに次々と悲運が見舞う。その悲運を乗り越えることにより、人間的に成長していった。もともとエルヴィスは、礼儀正しい、信義を重んじる、信仰心の篤い好青年であった。その人間性にさらに磨きがかかった。死後35年経っても、新しいファンが増えているという特異な現象は、エルヴィスの人間的魅力によるところが大きい。この本を読むと、そのことが納得できる。

 「エルヴィスが社会を動かした」の著者バートランドは歴史学者である。彼は、エルヴィスのロックンロールこそが、当時のアメリカ南部の人種差別構造と偏見を打ち崩したことを、膨大な資料を使って解き明かしている。

 政治的発言や行動を意識的に抑えていたエルヴィスが、その歌の力で「社会を動かした」。その意味では、エルヴィスは、社会変革者であり、歴史的存在でもある。エルヴィスファンとしては、そのことが誇らしくも思える。

 そんなエルヴィスの「功績」の話はともかく、彼の膨大なレパートリーには、どんな曲があるのか、聴きどころはどこかのほうに関心がある人が多いだろう。そのための格好の本が「エルヴィス・プレスリー アルバム随想」である。日本におけるエルヴィスファンの大先輩である湯川れい子さんによる「聴き方ガイド」には、エルヴィスのオリジナル・アルバムごとに、湯川流の曲目解説、解釈がほどこされている。この本を参照しながら聴くと、エルヴィスの歌声はさらに魅力的に響くことだろう。

 


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