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2013年11月22日
自治日報
《自治

執筆原稿から

国任せでいいのか

 国の財政状況の厳しさを背景に、自治体財政に対する国の姿勢が厳しさを増している。「国の財政の健全化に自治体も協力するのは当然」、「反対があろうと、自治体財政への荒療治は強行する」といわんばかりの措置は、地方自治体としての許容レベルを超えている。

 自治体給与の削減措置が強行された。東日本大震災の復興財源確保のために、国家公務員の給与は2012年4月から2年間、平均7.8%引き下げられた。「だから地方公務員の給与削減は当然だ」というのは、あくまでも国の論理である。自治体としては、国の要請を突っぱねてもいいし、実際、要請に従わない自治体もある。しかし。国は給与削減を見込んで、地方交付税の4000億円減額を決定した。

 復興財源の確保を大義名分にして、公務員給与削減を持ち出して、地方交付税削減に踏み込んだのである。復興予算が、復興とはなんら関係のない経費に流用された額が1兆円超という。自治体としては、「削減するなら、そっちからやってくれ」と言いたくなる。

 これとは別に、急増するごみ焼却場の建て替えに、国の予算が追いつかないという報道を目にした(朝日新聞2013年11月7日)。国が2013年度に確保した「循環型社会形成推進交付金」の総額は地方の要望額の3分の2である。2014年度は半分しか確保できない見込み。1990年から焼却場のダイオキシン排出規制が始まった結果、各地の焼却場の建て替えが進んだ。それから20年。耐用年数超えの施設が急増している。交付金の要望額も急増するが、国は「金がない」ということで、交付金を一方的に引き下げている。

 自治体が実施する多くの事業が、国からの補助金・交付金頼みになっている。国の財政が逼迫して、補助金・交付金の原資が足りなくなれば、自治体に配分する補助金等が減額又は打ち切りとなる。その結果、事業実施ができなくなる自治体が出てきても、国はお構いなしである。「国に金がないんだから、しょうがないだろう」でおしまい。

 地方交付税の削減見合いで、地方公務員給与の引き下げをごり押しする。地方交付税の総額は地方交付税法が定める算定方法により決まるのだが、それも無視して勝手に減額する。さらに、自治体への地方交付税の配分を動かすことも自由自在である。

 政府が決定した経済財政運営の指針(骨太方針)には、「がんばる」自治体に交付税を重点配分する考えが盛り込まれている。「がんばる」というのは、行政改革を推進したり、地域活性化への努力をするということである。そういう自治体には交付税を多く配分するというのだから、交付税の補助金化にほかならない。地方交付税の増額というアメで釣って、自治体をいいように操る図式である。地方交付税のなんたるかを知っての振る舞いであるのか。自治体は国の操り方でどうにでもなるというのが国のやり方なのか。

 国に金がない。アベノミクスによる経済の活性化は至上命題である。こういったことを大義名分にして、地方自治体との関係では国はやりたいようにやる。地方分権推進の運動の中で、「国と地方は対等」というのはどこにいったのか。そもそも、なぜ国の中に47都道府県があり、1700余の市町村があるのか。自治体ごとの自由な行政運営、地域づくりがもたらす多様性は、国にとっても大きな財産であることを忘れてはならない。自治体には独自の考え方と行動様式があり、国が考えつかない知恵がある。それを活かしてこその国づくりではないのだろうか。

 国に金がないことは、自治体だって十分に承知している。自治体も知恵を出し、我慢もする。国と一緒になって、財政危機を乗り越えようとしている。それなのに、国が一方的に決めたことに自治体は従えという。それが間違っている。そのことを、自治体は大きな声で主張すべきである。


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